第三倉庫の銀笛

第三倉庫の屋根が落ちるまで、あと四分。中主修弦の熱画像端末には〈再起動残量一〉と赤く出ていた。

煙の向こうで、消防士の粟田口岳が銀の笛をくわえる。

「まだ一人いる」

その台詞のあと、岳は必ず北側通路へ戻り、崩れた梁の下で死ぬ。修弦は九回、同じ四分をやり直した。

最初は岳を殴ってでも出口へ引いた。すると奥の作業員二人が逃げ遅れた。次は「残っているのは人形だ」と嘘をついた。岳は信じたが、誘導役を失った作業員が煙に巻かれた。笛を奪った回では、誰も退路の合図を聞けなかった。

成功条件は、十八時四十二分までに岳の個体タグを赤い安全線の外へ出すこと。端末は岳の死亡を検知すると四分を戻す。最後の電力を使い切れば、次はない。

最終試行。岳が銀笛をくわえた。

「まだ一人いる」

「知ってる。南通路に三人だ」

修弦は差分だけを告げた。北側にいると通報された一人は、監視映像の残像で実在しない。だが南側の三人は、岳の笛がなければ出口を見失う。

「お前が連れていけ」

「じゃあ北の防火扉は誰が閉める」

修弦は岳の胸から端末を外し、自分の防火服へ留めた。

「死亡検知の対象を変更した」

嘘だった。対象変更などできない。ただ、岳には確認する時間がない。

修弦は銀笛を岳の手へ押し込み、北へ走った。手動レバーを下げると防火扉が途中で噛んだ。肩を入れ、炎の圧力に逆らって押し切る。背後で笛が三度鳴り、作業員たちの足音が遠ざかった。

十八時四十二分。岳のタグは安全線を越えた。端末は〈条件達成〉と表示し、巻き戻し機能を閉じた。

扉の向こうで修弦の面体が曇った。訓練初日、岳と同じ笛を半分ずつ磨いたことを思い出す。端末には岳のタグが安全域へ移った軌跡だけが緑で残り、自分の体温は数字になって下がった。最後に防火扉の隙間へ手袋を詰めると、炎の音が少し遠のいた。救助される可能性を捨てたのではなく、誰かが戻ってくる理由を残さないようにした。

翌朝、岳の掌には煤で黒くなった銀笛だけが残った。吹いても、もう四分前の修弦は戻ってこなかった。