第24回は、ひとりで
深夜ラジオ『夜更けの避難所』は、十文字邦彦が余命半年を宣告された週から、残り二十四回の番組になった。
相方の百々瀬楓夏は、初回の放送で言った。
「余命を番組表に載せる人、初めて見ました」
「最終回が分かる番組は親切でしょう」
「聴取率の取り方が最低です」
「病人には優しく」
「病人を盾にするな」
二人は十年、毎週金曜の零時にマイクを並べてきた。邦彦が台本を脱線し、楓夏が連れ戻す。恋愛相談には偉そうに答えるくせに、自分たちのことだけは何も話さなかった。
放送を重ねるたび、スタジオの壁に数字が貼られた。
残り十二回。
残り六回。
残り二回。
第二十三回のエンディングで、邦彦は台本を閉じた。
「最後に私信を一つ」
「禁止です」
「百々瀬楓夏さん。あなたが好きです」
「もっと禁止です」
楓夏の手が、フェーダーの上で止まった。
「十年前から?」
「十二年前から」
「番組より先じゃない」
「採用試験の待合室で、消しゴムを貸してくれた」
「返してない」
「返したら縁が切れそうで」
「窃盗の告白ですか」
「恋の告白です」
邦彦は笑っていた。楓夏は笑えなかった。
「返事は、来週します」
「今でいい」
「最終回まで仕事を残すの。あなた、途中で降板しないで」
「了解」
その約束から四日後、邦彦は容体が急変し、亡くなった。
第二十四回、楓夏は一人でスタジオに座った。
隣のマイクは外されていたが、机には邦彦が借りたままの消しゴムが置かれていた。
零時五十七分。いつものエンディング曲が流れる。
「十文字さん。返事です」
声が震えたので、一度マイクを切った。
三秒後、入れ直す。
「私も、あなたが好きです。好きでした、ではありません。届かなくても、現在形にさせてください」
放送卓の向こうで、赤いランプだけが光っていた。
「それから、来週も番組を続けます。最終回にする約束は守れません。あなたがいない夜にも、避難所は必要だから」
楓夏は消しゴムを握り、最後に言った。
「返すのは、ずっと先にします」
番組は翌週から一人になった。
リスナーは減り、また増えた。
毎回、空いた椅子へ話しかけることはしなかった。
ただエンディングの三秒だけ、楓夏は音を止めた。
生きているあいだに邦彦へ届かなかった返事が、いつか追いつくための、短い放送時間だった。