答案用紙に書いた雷

「能力なし。筆記科へ戻れ、転移者」

雷術実技の担当教官ベルガーは、御影透の空白の測定票を二本の指でつまんだ。実技試験の課題は、三十歩先の避雷人形へ雷を落とすこと。透は魔法陣も詠唱も覚えられず、代わりに地球の文字ばかりノートへ書いていた。

「文字で敵が倒せるなら苦労はない」

透の机だけには杖ではなく、落書き用と書かれた紙束が置かれていた。クラスメイトは彼を「書記係」と呼び、実技の点数集計まで押しつけていた。透はその紙を一枚ずつそろえ、黙って鉛筆を削った。

教官が吐き捨てた直後、上空の訓練結界が黒く濁った。首席候補が放った雷槍が結界内で反射し、制御を失ったのだ。青白い雷が枝分かれし、生徒席へ降り注ごうとする。

教師たちは防御陣を展開した。しかし雷槍は術者の魔力を食って増幅する試験用の特殊術式で、触れた結界からさらに太くなった。最前列の生徒が逃げようとして転び、その上へ青い枝が伸びる。ベルガーは防壁を維持するふりをしながら、一歩ずつ自分だけ安全扉へ近づいていた。

透は机に残されていた答案用紙を一枚引き寄せた。

この世界へ来た朝、彼の指先には奇妙な権能が宿っていた。

《能力・一字現実――紙に記した一文字を、一度だけ世界の現象として確定する》

透は鉛筆で、答案用紙の中央に「地」と書いた。

空を覆っていた雷が、すべて向きを変えた。

稲妻は生徒へ落ちず、一本残らず試験場の中央へ吸い寄せられる。石床を焼くはずの光は紙の上の一字へ収束し、轟音とともに地中へ消えた。遅れて、百年間雷撃に耐えた避雷人形が粉になり、出力計の針が一周して床へ突き刺さった。

紙は焦げてもいなかった。

透は鉛筆を置いた。戦う相手も、続ける術もない。ただ一文字を書いただけだ。

ベルガーは空白の測定票と、黒々と残る「地」を見比べた。最上階の窓が開き、滅多に姿を見せない雷帝院長ヴォルフラムが立っていた。彼は帽子を脱ぎ、透に頭を下げる。

それを見た教官たちが次々と起立した。

透の答案用紙へ最初に書き足された文字は、点数ではなかった。

《特別講師》