箒一本で竜息を掃き集める
城壁清掃夫ガシュトは、戦の朝にも石畳を掃いていた。
籠城兵は笑った。空には火竜、門前には敵軍。落ち葉を集めたところで勝敗は変わらない、と。
ガシュトの技能表示も、笑い話にしか見えなかった。
【箒術:床面に散らばったものを一か所へ掃き集める。】
「せめて槍を持て」と若い騎士に言われたが、彼は箒の柄を握り直した。
昨夜、敵が門前へ油壺を投げ込んだときも、ガシュトが夜通し掃き集めた。兵は朝になって乾いた石畳だけを見て、危機がなかったと思った。清掃は成功するほど、何も起きなかったことにされる。
火竜が翼を畳み、城門へ急降下する。城壁魔術師の結界は敵の矢でひび割れていた。竜の喉が赤く膨らみ、次の瞬間、灼熱の息が城内へ降り注いだ。
炎は一本の柱ではなかった。数千の火片に砕け、石畳を這い、家々へ散ろうとしていた。
ガシュトには、それが落ち葉と同じに見えた。
足元へ触れた瞬間、炎は“床面に散らばったもの”になる。
「そこを退いてください。掃除の邪魔です」
彼は箒を大きく振った。
一掃きで、路地へ走った火が向きを変えた。二掃きで、屋根へ届く寸前の火の粉が石畳へ落ち、列を作る。広場も路地も城壁上も、誰かが足を置く場所はすべて床だ。三掃き目には、竜の息すべてが渦を巻き、城門前の一点へ集まっていた。
熱は消えていない。太陽を丸めたような火球が、巨大な塵の山となって唸る。
敵軍が歓声を止めた。
ガシュトは鉄製のちり取りを火球の下へ差し込み、城壁の外へ向けて持ち上げた。
「集めたごみは、外へ出します」
箒の先で押す。
圧縮された竜息が門前へ転がり、攻城塔と敵陣だけを呑み込んだ。火竜は自分の炎に追われ、雲の向こうへ逃げていく。
城壁の兵たちは剣を掲げる代わりに、一本の箒を見つめていた。若い騎士は自分の槍を下ろし、昨日笑ったことを詫びるように無言で道をあけた。将軍は兜を脱ぎ、城門防衛の指揮権をガシュトへ示す旗を石畳へ立てた。
ガシュトの腰札が赤熱し、煤けた職名が火花とともに組み変わった。
【職業「城壁清掃夫」が上位職「災禍集掃騎士」へ書き換えられました】