終車庫のコロッケサンド
終バスが戻る頃、車庫の自動販売機は低い唸り声を立てていた。
整備士の奥間澪士は、最後の点検表へ丸をつけた。今夜も異常なし。異常がないことは仕事の成果なのに、誰も拍手はしない。
昼間、後輩が主任へ昇格した。澪士より五歳若く、話すのが上手で、報告書も早い。祝福した言葉に嘘はなかった。ただ、作業着の胸ポケットには、置き場所のない悔しさが残っていた。
車庫の隅では、片足の指が一本欠けた鳩が歩いている。澪士は勝手に「左足」と呼んでいたが、左足はちゃんとある。呼び名の理由は、最初に左側から現れた、それだけだ。
「お前も、名前の付け方に納得してないだろ」
鳩は返事をせず、地面の何かをつついた。
休憩室の冷蔵庫には、売店でもらったコロッケが一個。食パン二枚と千切りキャベツ、個包装のバターがあった。
澪士はパンをトースターで濃く焼き、熱いうちにバターを塗った。コロッケを電子レンジで温め、さらにトースターへ戻して衣を起こす。ソースをたっぷりかけ、キャベツと一緒に挟む。押すと、衣がざくりと鳴り、ソースがパンの端へ染みた。
「午前一時の炭水化物二階建て」
声に出すと、少し可笑しかった。
ひと口噛めば、じゃがいもの甘さと油、焦げたパン、酸っぱいソースが一度に押し寄せる。口の中が忙しくて、昇格のことを考える隙がない。
窓の外で左足が羽を膨らませ、バスのタイヤの陰へ入った。あの鳩も、今日一日どこを歩いたか誰にも報告しない。
澪士は点検表を見直した。後輩が見落とした小さな油染みを、夕方、自分が見つけて直している。功績として話すほどではない。けれど明日の始発が静かに走る理由の一つではある。
「丸が並ぶだけで、仕事は残るんだな」
残り半分のサンドをゆっくり食べた。
車庫を出ると、夜風にソースと揚げ油の匂いが混じった。左足はもう眠っている。澪士は誰もいないバスへ小さく「お疲れ」と言い、自分にも同じ言葉を返してから門を閉めた。
門の外へ出る前、澪士は始発車両の側面を掌で軽く叩いた。冷たい金属の向こうには、朝を待つ座席が並んでいる。腹に残るじゃがいもの熱が、見えない仕事の印のようにしばらく消えなかった。