絹より柔らかな制服

衣斐芙佐は、触覚広告会社のデザイナーだった。彼女が作った信号を制服へ登録すれば、硬い化学繊維も絹のように感じ、蒸れた倉庫でも肌には涼しい風が流れる。企業は高価な布を買わずに快適度を上げられ、芙佐は若くして部長になった。

弟が同じ制服を着る物流倉庫へ就職した。初任給で食事をおごると言った弟は、三週間後、腕を包帯で巻いて現れた。皮膚炎だという。けれど本人は「全然痛くない」と笑い、袖をまくろうとしなかった。

芙佐が端末を切ると、制服の裏地は紙やすりのようにざらつき、汗と薬品の臭いが立った。弟の腕には赤い傷が広がっていた。作業効率AIが、擦れと熱さだけでなく、炎症の痛みまで「快適性を損なう雑音」として上書きしていた。

会社は、身体データは医務室が監視しているから安全だと説明した。だが医務室へ行けば欠勤点が付き、契約社員は更新されない。感じなければ働ける。働けるなら問題はない。その循環の中心に、芙佐の作った絹の感触があった。

芙佐は倉庫の休憩室で、端末を切った作業員たちと会った。皆、服を脱ぐと傷だらけだった。ある女性は、抱いた子どもに「腕が痛そう」と言われるまで炎症に気づかなかったという。快適さは苦痛を減らしたのではなく、苦痛を訴える言葉を奪っていた。芙佐は、自分が送った涼しい感触の波形を一つずつ見せ、何を隠していたかを証言してもらった。

彼女は不具合記録を公開した。会社を解雇され、弟も契約を切られた。業界からは「感覚技術ではなく運用の問題」と責められた。芙佐自身も、そう言えば戻れると何度も思った。

やがて二人は、小さな仕立て直し店を始めた。芙佐は制服の縫い目を外へ出し、汗のたまる場所へ穴を開け、試着した人に端末を切って歩いてもらった。客は「少し硬い」「脇が擦れる」と正直に言った。苦情を聞くたび、芙佐は安心した。

店の看板には、「柔らかさは保証しません。痛ければ止めます」と書いた。絹の魔法を失った彼女は、ようやく人の肌を仕事の基準にした。