群れない烏は返信を待つ
雑居ビルの屋上には、届かなかった言葉だけを扱う「烏便局」がある。
千帆が鉄扉を押すと、黒い三つ揃いの男がアンテナの上に座っていた。革手袋の指で、古い携帯電話をくるくる回している。
「群れるから、見失う」
烏天狗の玄羽は、人間が三人以上集まると露骨に機嫌を悪くするらしい。相談室にも椅子は二脚しかなかった。
千帆はスマートフォンを差し出した。大学時代の四人グループ。親友だった美和の結婚報告に、ほかの二人は祝福を重ねた。千帆だけが既読をつけたまま、三週間黙っている。
忙しかったのではない。
羨ましかった。置いていかれた気がした。その感情が見苦しくて、今さら何を送っても嘘になる。
「代わりに文章を考えてください」
「人間のふりはしない」
「相談所でしょう」
「ここは、届かなかった言葉を運ぶ場所だ。きれいな嘘を包装する場所ではない」
玄羽は黒い革手袋を外し、爪のように尖った指で画面を一度だけ叩いた。
「最初に浮かんだ七文字を送れ」
「おめでとう、ですか」
「それは五文字の逃げ道だ」
千帆の胸に浮かんでいたのは、もっと醜い言葉だった。
ずるいと思った。
送信欄へ打つと、指が止まった。玄羽は急かさず、屋上の縁へ戻った。風に混じって、遠い街の通知音がいくつも聞こえる。
千帆は続けた。
ずるいと思った。羨ましかった。返事が遅れてごめん。結婚、おめでとう。
送信すると、すぐには何も起きなかった。
「返ってこなかったら」
「群れるから見失う。だが、見失った相手を探すのは一人でできる」
玄羽はそう言い、古い携帯電話をまた回した。画面は暗いままだった。待受には、羽根が一枚挟まっている。
階段へ向かう途中、千帆のスマートフォンが震えた。
『私も、先に行くみたいで怖かった。今度ちゃんと話そう』
息をのみ、玄羽へ見せようと振り返る。彼は見ないふりをして、暗い携帯を掌に伏せた。
「群れないんじゃなかったんですか」
「群れない」
黒い革手袋をはめ直し、玄羽は小さく鼻を鳴らした。
「群れなくても、返信くらい待つ」