翻訳アプリ残量三パーセント
【午後六時十二分】
中央駅・地下二階。
旅行者ファラのスマートフォン、電池残量三パーセント。
入力。
〈星見台駅へ行きたい。母の列車が十八時四十分に着く〉
表示された案内板には、東線、西線、新東線、特急専用線。星見台という名は見当たらない。
【午後六時十五分】
清掃員の女性へ画面を見せる。
清掃員、首をかしげたあと、駅名を紙に書かせる。
ファラはアルファベットで「HOSHIMIDAI」と記入。
清掃員は気づく。
星見台は駅名ではなく、隣町のバスターミナル名。最寄りは〈星見丘駅〉。
翻訳アプリ、残量二パーセント。
【午後六時十八分】
清掃員は仕事を止められない。
代わりに、清掃用ワゴンから未使用のごみ袋を一枚取り出し、油性ペンで路線を描く。
丸を三つ。
矢印を二本。
乗換駅には大きな星。
降りる駅には、丘の絵。
最後に自分の腕時計を指し、急げという身振りをする。
ファラは礼を言おうとするが、翻訳アプリは終了。
両手を胸へ当て、深く頭を下げる。
【午後六時三十七分】
星見丘駅到着。
改札員へ、ごみ袋の地図を見せる。
改札員は笑わず、外のバス乗り場まで案内。
【午後六時四十一分】
バスターミナル着。
母の乗った長距離バスは、渋滞で五分遅延。
再会、間に合う。
母は長い治療を終え、初めて娘の暮らす国へ来た。ファラは抱きしめながら、電池の切れたスマートフォンと、大きなごみ袋を見せた。
「誰が描いたの?」
「名前を聞けなかった人」
【三日後】
ファラは中央駅へ戻る。
同じ時間、同じ地下二階で、あの清掃員を見つける。
通訳を介し、母が伝える。
「娘を迎える道を教えてくれて、ありがとうございました」
清掃員は照れ、「駅を一つ教えただけです」と答える。
ファラは、ごみ袋の地図を丁寧に折って返そうとした。
清掃員は受け取らなかった。
「次に迷った人へ使ってください」
【半年後】
空港駅。
ファラは路線図の前で立ち尽くす旅行者を見つける。
スマートフォンの電池は十分あった。
それでも彼女は、鞄から折りたたんだごみ袋を出す。
地図には、新しい矢印が一本増えた。