老犬介護引継ぎノート
【四月三日 兄】
十八時、薬。食事は半分。ポルカにチーズを与えないこと。
【四月四日 妹】
昨日のはチーズではなく無糖ヨーグルト。勝手に決めつけないで。
耳がほとんど聞こえないので、呼ぶときは床を二回叩くこと。
【四月十日 兄】
床を二回叩いたら、起きた。
お前が子どものころ、雷を怖がると、こいつも前脚で床を二回叩いていたのを思い出した。
【四月十一日 妹】
覚えていたなら、あのとき笑わないでほしかった。
【四月十八日 兄】
笑ったのは、お前が毛布ごとポルカの小屋へ入って、尻だけ出していたからだ。
食事、七割。
【四月十九日 妹】
私の写真を勝手に撮ったのはまだ許していない。
食後、庭を一周。右後ろ脚が弱い。
両親が家を離れてから、兄と妹は一週間交代で老犬の世話をした。顔を合わせれば、実家を売るか残すかで喧嘩になる。だから玄関のノートだけで引き継いだ。
【五月二日 兄】
夜鳴きあり。抱くと落ち着く。
家を売る話、いったん保留にする。
【五月三日 妹】
ポルカを理由にしないで。あなたが残したいなら、そう書けばいい。
【五月九日 兄】
残したい。
お前とポルカがいた家だから。
次のページは空白だった。
その夜、門がわずかに開き、ポルカがいなくなった。兄からの電話に、妹は三年ぶりに直接出た。
「どっちへ行った?」
「分からない。耳も聞こえないのに」
二人は別々の道を捜し、同時に古いバス停へ着いた。小学生のころ、雨の日も雪の日も並んで迎えを待った場所だった。
ポルカはベンチの下に伏せていた。濡れた体は冷え、声をかけても顔を上げない。
妹が地面を二回叩いた。
兄も隣で二回叩いた。
振動に気づいたポルカは、ゆっくり鼻を上げた。どちらへ行くか迷うように二人を見てから、その真ん中へ頭を置いた。
「昔も、喧嘩するとこいつが間に入ったな」
「今も同じだね」
二人はベンチの下で肩を寄せ、老犬を毛布に包んだ。
【五月十日 兄】
食事、完食。薬、済み。
病院で診てもらった。大事なし。
【五月十日 妹】
追記。来週から引き継ぎ不要。
二人で世話をすること。
【五月十日 兄】
了解。
床を二回。返事も二回。