育休中につき三代目不在

 家業の和菓子店を継いだ息子が、一年間の育児休業を取ると言った。

「店を閉める気か」

 二代目の父は、餡を練る手を止めた。

「閉めない。職人を一人雇って、僕は週二日だけ仕込みに出る」

「男が一年も休む必要があるのか」

「妻のほうが、今は仕事を離れにくい」

 息子の妻は救急医だった。

「母親なのに?」

 その一言で、厨房の空気が冷えた。

 母が奥から顔を出した。

「私は母親だったけど、毎朝四時から店に立ちました」

「家のこともしてただろ」

「だから寝る時間がなかったのよ」

 父は自分だけ責められたような顔をした。

「昔はみんなそうだった」

「昔の苦労を、孫へ相続させないで」

 育休初日、店先には息子が書いた札が出た。

〈三代目は育児修業中です〉

 常連客は面白がったが、父は裏返した。

 ところが一週間後、父がぎっくり腰になった。店にも立てず、孫の顔を見に行くと、息子は片手で赤ん坊を抱き、もう片方で餡の発注をしていた。

「寝てるのか」

「二時間ずつ」

「菓子作りより大変そうだな」

「比較するものじゃないよ」

 赤ん坊が泣いた。

 父は抱き上げたが、すぐに顔をしかめた。

「どうすれば止まる」

「おむつか、眠いか、暑いか。順番に確認」

「正解が決まってないのか」

「店も同じでしょ。湿度で餡が変わる」

 父は黙り、赤ん坊の背をゆっくり叩いた。

 その後、父は腰が治っても週に一度、孫を預かった。最初は「店のため」と言った。息子が仕込みへ出られるからだ。

 だが三か月目には、店の帳場へ小さな布団を置いた。

「衛生上どうなの」

「客間だ」

「店に客間なんてない」

「今日からある」

 復帰前日、息子は店の札を外そうとした。

 父が止めた。

「まだ修業は終わってないだろ」

「育休は終わるよ」

「父親のほうだ」

 息子は笑い、札を厨房の壁へ移した。

 父は最後まで、育休に全面賛成とは言わなかった。

 ただ新しい勤務表には、三代目の仕込み日と同じ大きさで、〈保育園迎え〉が書かれていた。

 家業を継ぐとは、昔の働き方まで同じにすることではない。

 次の世代が店も家族も続けられるよう、休む場所まで作り直すことだった。