花嫁割引の振込先
結婚式場《ルミエール》では、担当プランナーの瀬尾茉莉が「今日だけの花嫁割引」を売り文句にしていた。
「予約金をこの口座へ直接入れてください。本社を通すと割引が消えます」
そう言って新郎新婦から三十万円ずつ集め、式の直前になると「入金記録がない」と追加で払わせる。抗議した客には、受付係の久住杏奈が書類をなくしたことにしていた。
半年前には、式前日に追加金を払えなかった夫婦が挙式を諦めた。茉莉は泣く花嫁の前で装花を撤去させ、その後で「受付の確認不足」と報告書へ書いた。杏奈は始末書を三枚書かされている。
ある日、杏奈の妹が式場を訪れた。茉莉は相手が身内だと知らず、同じ手口で個人口座のQRコードを見せる。
「ここへ振り込めば、私の裁量で半額にできます。会社には内緒ですよ」
杏奈は妹の握った招待客名簿を見た。そこには、亡くなった父の代わりに腕を組んでくれる叔父の名もある。妹と目が合う。事前に相談していた通り、妹は小さく頷いた。杏奈はその場で騒がず、見積書を一枚印刷して茉莉に確認署名を求めた。
「割引の根拠を残しておかないと、妹が不安がるので」
「面倒ね」
茉莉は《予約金は担当者指定口座へ入金済み》と書き、自分の印鑑を押した。さらに杏奈のスマートフォンを取り上げ、送金画面まで操作してみせた。
「こうやるの。あなた、仕事が遅いから覚えなさい」
翌週、本社の経理部長が式場へ来た。茉莉は、杏奈が勝手に偽口座を案内していると訴えた。杏奈は一言も反論せず、署名済みの見積書を机へ置く。
茉莉は「印鑑を盗まれた」と笑った。
経理部長は見積書の背景を拡大した。本社の用紙には印刷者と操作端末の透かしが埋め込まれる。そこには茉莉の社員番号と、彼女が杏奈の端末へ管理者権限でログインした時刻が表示された。
続いて、新郎新婦への案内メールが読み上げられた。送信元は茉莉の社用端末。末尾には、彼女が消し忘れた一文があった。
《会社にばれたら受付係が勝手にやったことにします》
茉莉の顔から笑みが消えた。経理部長は人事部の封書を開く。
「瀬尾茉莉。業務上横領および詐欺行為による懲戒解雇を通知します」