落第書記の異議あり羽根ペン
王立書記試験に三度落ちたカイエンは、今日も被告席の脇で議事録を取っていた。
裁かれているのは恩師の老学者。禁書を王宮へ持ち込んだ罪で、日没には処刑される。証拠は本人の署名入り受領書。筆跡も印章も一致し、誰も覆せない。
ただ一人、カイエンだけは知っていた。恩師は右手の指を痛めて以来、署名の最後を必ず左上へ払う。受領書の線は下へ落ちていた。紙の保管番号も、事件当日ではなく翌朝の並びに紛れ込んでいる。
「素人の見立てなど証拠にならん」
裁判長に退けられ、衛兵が恩師の肩へ手をかける。その時、机の下で小さな鐘が鳴った。
《条件達成:記録されなかった真実を百件覚えた者》
《主人公専用排出枠〈書記〉を解放》
《使用回数:一回》
カイエンが望んだのは、偽造者の名前ではない。法廷そのものに、間違いを認めさせる道具だった。
排出されたのは、先の割れた白い羽根ペン。
《異議あり羽根ペン》
《虚偽を含む公文書へ訂正線を一本引ける》
一本だけ。カイエンは受領書の署名ではなく、罪状の一文――「被告が禁書を受領した」へ線を引いた。
白い線が走った瞬間、羊皮紙から黒い文字が煙のように剥がれた。代わりに、消されていた原文が浮かぶ。
「宰相補佐官が禁書を受領し、被告の印章を複製した」
法廷中の写本、保管庫の原本、王都各所に掲示された判決文まで同時に書き換わった。訂正は一枚ではなく、その虚偽を根に持つ全記録へ及んだのだ。
傍聴席で宰相補佐官が立ち上がる。逃げようとした袖から、複製印が転がった。
裁判長は青ざめ、処刑命令を破り捨てる。
「カイエン、王宮筆頭書記として、この訂正文を正式に――」
「不合格者の見立ては証拠にならないのでしょう?」
静かな問いに、裁判長は目を伏せた。恩師だけが笑い、空いていた書記長の椅子を叩いた。
割れていた羽根の先が金へ変わる。
《世界法具・最高位〈真実校正筆〉》
《世界初訂正:国家判決》
《新たな適格職――法そのものを校正する者》