融けた台座

新作彫刻の内覧会が始まって三十五分後、画廊主の栗生澄江は事務室で死んだ。壁際の棚から十八キロの青銅胸像が落ち、机に向かっていた彼女の頭を直撃していた。時計は午後八時五分。物音を聞いた警備員がすぐ扉を開けたため、その時刻に疑いはない。

容疑者は彫刻家の鵜飼岬、主任学芸員の轟木綾人、収集家の梶浦重臣。三人は七時半から一階ホールの寄付者晩餐会に出席し、乾杯から祝辞まで映像に映っていた。事務室は二階で、階段には警備員が立つ。澄江は毎夜八時、棚の真下の机で売上表に署名する習慣だった。八時五分に胸像を落とせた者は一人もいない。

澄江は昼、鵜飼には展示契約の破棄を、轟木には解雇を、梶浦には贋作の返金を告げていた。胸像を棚に置いたのは開会直前の鵜飼だが、その場には全員がいた。棚は揺れておらず、地震もなかった。

手掛かりは三つだけ残った。第一に、胸像の濡れたフェルト底には冷たい水が染み、棚には直径十二センチの水の輪があった。第二に、春先なのに事務室の暖房は二十八度へ設定されていた。第三に、棚の前縁だけに青銅の擦れ跡があり、胸像は奥から倒れたのではなく、少しずつ前へ滑ったと分かった。

鵜飼は「重いから、私が安全な位置へ置いた」と言った。轟木も梶浦も胸像には触れていない。開会後、三人のアリバイは完全だった。だから私は、落ちた瞬間ではなく、置かれた瞬間を見ることにした。

「胸像の台座は氷でした」私は濡れた棚を指した。「鵜飼さんは厚い氷の円盤を敷き、胸像の重心が棚の外へ寄るよう置いた。暖房で氷が融けて薄くなるにつれ、濡れた底が前へ滑り、八時五分に落下した。水の輪、異常な室温、前縁の擦れが同じ仕掛けを示しています。時刻どおり三人ともホールにいた。しかし胸像を運び、位置と暖房を決めたのはあなただけです。完璧なアリバイは、融けるまでの時間そのものでした。落下した時ではなく、台座を置いた時に殺人は始まっていたのです」