街が寝たあとの子守歌

籠宮梢の端末で、その曲が開いたのは午前二時四十七分だった。

条件は時刻ではなく、周囲の騒音が二十デシベルを下回ること。終夜営業が消え、私用車が禁じられたこの街で、そんな静けさが訪れるのは外出禁止令のあとだけだった。曲名は〈LULLABY FOR CITY〉。再生すると、信号機のリレー音が小さな鈴のように鳴った。

「目を閉じて」

梢の父は都市監視網の設計者だった。五年前、市庁舎前の抗議集会で行方不明になった。公式記録では、暴徒化した群衆に巻き込まれたことになっている。だが父は失踪前夜、監視カメラは人を守る目ではなく、命令に従う瞼だと言っていた。

Aメロが始まると、窓の外で街灯が一つずつ消えた。四拍で交差点、八拍で駅前、十六拍で市庁舎。音程は監視カメラの識別番号に対応している。梢は父の設計資料を開き、曲の旋律を入力した。

「目を閉じて」

二度目のフレーズと同時に、監視アプリの映像が黒くなった。梢は息を呑んだ。曲に埋め込まれた超音波が、街中の旧型マイクへ保守命令を送っている。人々を眠らせる子守歌ではなく、監視網を一斉に停止させるコードだった。

サビで、消えたはずの映像が逆に広場の壁へ投影された。五年前の夜。父は群衆の中にいた。警備隊は武器を持たない市民へ突入し、倒れた者を番号付きの車両へ運んでいた。父はカメラの向きを変え、すべてを記録した。その直後、背後から制服の男に殴られる。

投影を見た住民たちが、暗い窓を開け始めた。顔を隠す者はいない。スマートフォンの明かりが、消えた街灯の代わりに点々と浮かぶ。

曲の最後の一音で、市庁舎正面の巨大カメラだけが再起動した。レンズは市民ではなく、庁舎内部へ向いている。隠れていた幹部たちの顔が、街中の画面へ拡大された。

スピーカーから、父の合成された声が最後に告げた。

「目を閉じて」

それは市民へ恐怖を見ないよう頼む言葉ではなかった。見張る側の目を閉じ、その間に人々自身が目を開くための命令だった。