裂けた王都を向こう岸へ
古運河の渡し守ドロヴィは、橋が完成してから客を失った。
小舟を一日つないでいても、乗るのは橋を怖がる老人くらいだ。若い騎士は櫂を物干し竿と呼び、役所は来月で渡し場を閉じると通告した。
技能も、時代遅れに見えた。
【渡船:二つの岸を定め、乗客を向こう岸へ渡す。川の深さと幅は問わない】
「川がなければ何もできない」
役人は廃業書へ判を押した。
その夜、王宮地下の転移炉が暴走した。都の中央を黒い亀裂が走り、石畳も家も真っ二つに裂ける。亀裂の底には水ではなく星のない空白があり、落ちた物は音も残さず消えた。
王宮側には避難門。反対側には市民三万人。完成したばかりの大橋は、最初の揺れで亀裂へ吸い込まれた。
宮廷魔術師は空間橋を架けようとしたが、闇に触れた魔法から順に消える。役人は王族だけを飛竜で救えと命じ、市民へ背を向けた。
ドロヴィは乾いた運河から小舟を引き上げ、裂け目の縁へ置いた。
「水もないのに、何をする!」
「あちらとこちらがある。なら、ここは川だ」
彼は市民側を此岸、避難門の前を彼岸と定めた。小舟は一人乗りだったが、技能説明に定員とは書かれていない。
「乗りたい者は、前の人の肩をつかめ。最後の一人まで、同じ舟の客だ」
三万人が一本の鎖になった。先頭の子どもが舟縁を握ると、全員の足元へ水面のような光が広がる。
ドロヴィが櫂を一度差した。
小舟は空白の上を滑り、人々も町の荷車も病院の寝台も、その光に載って続いた。闇は波のように口を開けたが、渡船の途中にいる乗客を一人も奪えない。
舟首が避難門前の石へ触れた瞬間、三万人の足が一斉に彼岸へ着いた。直後、元いた街区は亀裂へ崩れ落ちた。
廃業書を持った役人だけが、最後尾でドロヴィの肩につかまっていた。
橋の完成を自分の功績にしていた役人は、濡れてもいない靴を震わせた。市民は小舟を地面へ下ろさず、そのまま肩へ担ぐ。閉鎖予定だった古渡し場の札は破られ、避難門の正面へ新しい船着き場として掲げ直された。
《職業が【古運河の渡し守】から【万界渡守】へ書き換わりました》