親友だけが知らない

社内の匿名アカウント「午後六時の給湯室」は、誰かの秘密を毎週ひとつ暴いた。

営業部長の不倫、派遣社員の時給、総務が隠したミス。朱音のことも〈実力もないのに愛想だけで昇進候補〉と書かれた。私は隣の席で震える彼女の手を握った。

「気にしないで。妬まれてるだけ」

朱音は投稿通知が来る数分前になると、必ずスマホを伏せた。給湯室の話をするときだけ、同期のあだ名「あかねん」を口にしないで、と妙に強く頼んだ。

被害者の癖なのだと思った。小さな刺激にも怯えるのだろう。

私は犯人を探した。投稿の句読点、コピー用紙の呼び方、写真に映った蛍光灯。候補は三人まで絞れた。朱音は私の推理を熱心に聞き、「真琴だけが頼り」と何度も言った。

疑われた派遣社員は契約を更新されず、総務の女性は昼休みに一人で食べるようになった。朱音は二人を見るたび胸を痛めた顔をし、「犯人じゃなかったら申し訳ないね」と囁いた。その慎ましさが、私には潔白の証明に見えた。

ある晩、会議室の共有タブレットを片づけていると、ログアウトされていない投稿画面が開いた。

「午後六時の給湯室」。

下書きには翌週分が並び、作成者は朱音の社内アカウントだった。自分への悪口だけは曖昧で、ほかは部署名も金額も正確だった。〈あかねん〉を使った最初の投稿だけ、公開後すぐ消されている。身元を疑われないための失敗まで、彼女は自分で演出していた。

背後で扉が閉まった。

「見ちゃった?」

朱音は泣かなかった。

「私も書かれてるから、誰も疑わないでしょ。会社って、かわいそうな人の話は信じるもの」

「私に犯人を探させたのは?」

「真琴が怒ってくれると、本物っぽいから」

彼女はタブレットを取り上げ、いつもの弱々しい笑みを浮かべた。

私は親友だった。だから秘密を預けられただけだ。そう思えば、まだ立っていられた。朱音が私の退職理由を知っているのも、最後まで相談した相手だからだ。

帰宅後、アカウントに次回予告が出た。

〈送別会で泣く女ほど、辞める理由を隠している〉

公開予約は、私の送別会が始まる午後七時だった。