訪問済み異常なし
訪問済み、異常なし
【訪問看護事業所・事故調査記録】
担当看護師:板荷絢子
利用者:野蒜源三、七十九歳
主介護者:長男・崇史
源三宅への夜間訪問は、毎週火曜二十二時に設定されていた。
長男から「父は眠りが浅い。状態に変化がなければ起こさず、玄関前で連絡してほしい」と要望があり、担当者は過去二か月、入室せずに訪問記録を作成していた。
崇史が送る血圧計と酸素飽和度計の写真を転記し、看護アプリの〈訪問済み〉を押していた。
【十二月十七日の記録】
二十二時〇一分
体温 三六・四度
脈拍 七十二回
血圧 一二八/七四
酸素飽和度 九七%
意識清明
本人より「苦しくない」と発言あり
異常なし
翌朝七時、配食員が源三の死亡を発見した。
崇史は警察へ、「二十二時に看護師が父の生存を確認した。自分は二十一時から翌朝まで勤務先にいた」と説明した。会社の入退館記録も、その証言と一致した。
【担当者聴取】
板荷絢子は、当夜、源三宅へ行っていないことを認めた。
大雪で運転が危険だったため、崇史から届いた数値をそのまま入力したという。
「本人の発言は、長男からのメッセージを転記しました」
送られた計測器の写真は、撮影情報を調べると三か月前のものだった。
司法解剖では、死亡推定時刻は十九時から二十時。体内から多量の睡眠薬が検出された。
崇史が勤務先へ入る前である。
つまり二十二時の看護記録が事実なら、崇史には犯行時間のアリバイが成立するはずだった。
【追加調査】
過去六十二回の夜間訪問について、担当者の位置情報を確認。
実際に源三宅へ入室した記録は、最初の四回のみ。
崇史は早い段階から、担当者が写真だけで記録を作るよう誘導していたとみられる。
【担当者端末に届いたメッセージ】
〈父の件を正直に話せば、六十二回分の架空訪問も問題になりますね〉
〈事業所には黙っておきます〉
〈来週から母も看護をお願いします〉
〈父と同じで、眠っていたら起こさなくて結構です〉
翌週火曜、二十二時〇二分。
板荷の端末から、新しい記録が送信された。
利用者:野蒜千代
意識清明
異常なし
訪問済み
その時刻、板荷は自宅にいた。