赤いランドセルの地図

 ぼく、漆原拓海が一年生になるとき、お母さんは赤いランドセルを出してきた。

「お姉ちゃんのだけど、使う?」

 お姉ちゃんは、ぼくが二歳のときに病気で死んだ。顔は写真でしか知らない。

 ぼくは黒がよかった。でも新品のランドセルは高いと知っていたから、「別にいい」と言った。

 本当は、少し嫌だった。赤いからではない。家の人がみんな、ランドセルを見るたび悲しい顔をするからだ。そんなものを背負ったら、学校まで悲しくなりそうだった。

 入学式の前夜、名前を書く場所を探していると、内側の布が二重になっているのに気づいた。指を入れると、小さく折った紙が出てきた。

〈たくみと行くところ〉

 子どもの字で、十個の丸が並んでいた。

〈一、桜の下でおべんとう〉

〈二、川で平たい石をなげる〉

〈三、夜の動物園〉

〈四、海に足だけ入る〉

 最後には、こうあった。

〈十、たくみが学校へ行くところを見る〉

「お姉ちゃん、ぼくのこと知ってたの?」

 お母さんは紙を見るなり、床に座り込んだ。

「よく知ってたよ。あなたが泣くと、いちばん先に走ってきた」

 お姉ちゃんは入院する前、元気になったら弟としたいことを書いたらしい。お母さんは紙のことを知らなかった。

 次の日、ぼくは赤いランドセルで学校へ行った。校門で振り返ると、お母さんは泣きながら笑っていた。

「十番、できたね」

 ぼくはランドセルを一度、背中で跳ねさせた。お姉ちゃんにも見えるように。

 春の遠足は、桜のある公園だった。ぼくは一番の横に丸をつけた。夏にはお父さんと川へ行き、二番にも丸をつけた。石は一回しか跳ねなかった。

 紙の裏へ、ぼくも新しい地図を書き足した。

〈十一、運動会で一位になる〉

〈十二、九九をぜんぶ言う〉

〈十三、お姉ちゃんを卒業式につれていく〉

 六年後、赤いランドセルは傷だらけになった。

 卒業式の日、ぼくは最後の丸をつけた。ランドセルの蓋を開き、体育館の舞台が見えるように椅子へ置いた。

 ぼくの隣に席はなかった。

 でも、地図を持っている人は、いなくなっても道に迷わない。

 そう思った。