赤い靴の返品票
蓮実珠紀の評価面談には、赤いパンプスが片方だけ持ち込まれていた。
通販会社の商品担当になって七か月。春の特集で最も目立つ位置に置いた靴は、購入率が低く、返品率が四割を超えた。艶のある赤は画面では華やかだったが、返ってきた箱の薄紙には、試着したつま先の跡が何度も残っていた。
「写真も文章も弱い。次はもっと欲しくなる見せ方を考えて」
部長は返品票の束を指で叩いた。珠紀の隣では、商品説明を書いた後輩が膝の上で手を握っている。
珠紀は赤い靴へ定規を差し入れた。表示は二十三・五センチ。しかし内寸は二十三センチしかない。朝、最初の返品を開封したとき、つま先の詰まり方が気になって測っていた。
「説明ではなく、換算表が違います」
同じブランドでも、この型だけ細身の木型を使っていた。仕入れデータの欧州サイズ三十七を、共通表が自動で二十三・五へ変換している。返品理由の七割は〈いつものサイズなのに小さい〉だった。中には「来週の面接に履きたかった」と書かれた票もある。珠紀は、その一文を広告文の失敗としてではなく、表示を信じた人の予定を崩した記録として読んだ。
部長は眉を寄せた。
「でも、登録したのは彼女でしょう」
「共通表を使うのが手順です。個人の入力ミスではありません」
珠紀は後輩へ、謝罪文ではなく在庫停止の申請を頼んだ。自分は商品ページのサイズ表を型別へ切り替え、足幅と内寸を写真で示す修正版を作った。売るための言葉を足すより、買わない方がよい人を先に分かるようにした。
部長は面談票の〈訴求力〉へ低い点を残したまま、「バイヤー候補なら、失敗を怖がらず仕入れを回す力も必要」と言った。
珠紀は赤い靴を箱へ戻した。
「私は、売った数より、戻ってこない売り方を作りたいです」
社内公募の画面を開き、希望先を〈EC体験設計〉にする。添付資料は、赤い靴の修正ページと、新しい型別登録手順だった。
後輩が小さく息を吐く横で、珠紀は〈異動申請を送信〉を押した。