軍列よりまっすぐな畝
百戦の参謀オルゼンは、最後の会議で「兵を数字としてしか見ない」と罵られ、牛一頭いない辺境へ追いやられた。
納屋に残っていたのは、片柄の犂だった。銘は《直進》。魔力を通すと、引く者がいなくても進む。ただし曲がれない。王都では「戦場で方向転換できぬ欠陥品」と倉庫の隅に積まれていた。
オルゼンは笑った。
「畝は、途中で敵を避けたりせん」
初日の目標は、井戸から古屋までの間に一列だけ。
彼は地面へ二本の杭を打ち、麻紐を張った。犂の刃先を線に合わせ、柄へ片手を置く。
「前へ」
土が低く唸った。
犂は牛より静かに、兵団より正確に進んだ。埋もれた石に当たれば刃が薄く開き、石を左右へ押し出す。曲がらないからこそ、迷わない。古い切り株さえ根の下をすくい、土の上へ転がした。
半ばで、王都の副官なら「地形に合わせて迂回を」と進言しただろう。
オルゼンは柄を離さなかった。
犂は最後の杭の手前でぴたりと止まった。振り返ると、夕日を受けた畝が一本、刃で引いた線のように伸びている。踏み固められていた土は細かく崩れ、温かな匂いを吐いた。
作戦盤の線は、いつも誰かの死ぬ道だった。赤い駒を進めれば村が焼け、青い駒を退けば兵が置き去りになる。だが今、同じほど真剣に引いた線は、種を並べるためにある。
オルゼンは麻紐を外さず残した。明朝、豆を植えるときの目印だ。命令書より短い計画で、十分だった。
彼は畝の脇で小さな鉄鍋を熱した。薄切りの燻製肉がぱちぱち鳴り、押し麦の粥へ脂が落ちる。
その音に重なるように、蹄が近づいた。軍装の使者が封書を差し出す。
「東部戦線が崩れました。陛下は将軍職への復帰を――」
「作戦書か」
「はい。今夜中にご判断を」
オルゼンは受け取ったが、封蝋には触れなかった。畝の端に腰を下ろし、先に鍋を膝へ載せる。
「戦列は崩れても、粥は冷める」
使者が言葉を失う。オルゼンはひと口すすり、まっすぐな一列を眺めた。
今夜、彼が守るべき陣地は、湯気の立つ鍋の周りだけだった。