転送先をお選びください
祝部理世が夜勤をする岬端ホテルには、古い電話交換機が残っていた。
午前二時六分、操作盤の〈000〉が点滅した。
存在しない内線番号だった。
「フロントでございます」
『五一二号室へ、お願いします』
老女のような声だった。
理世が転送すると、五一二号室の宿泊客が出た。
『誰だ。こんな時間に』
その直後、通話は切れた。
翌朝、五一二号室の客がベッドで死亡していた。持病による急死とされ、枕元の受話器だけが外れていた。
次の夜、午前二時六分。
今度は〈512〉が点滅した。
『八〇四号室へ、お願いします』
前夜と同じ声だった。
理世はためらったが、機械の誤作動だと思って転送した。
翌朝、八〇四号室の女性が浴室で死んでいた。やはり受話器が床へ落ちていた。
理世は支配人へ報告した。
支配人は交換機の記録を見て、顔色を変えた。
「零番は、昔この場所にあった療養所の霊安室だ。建て替えたとき回線ごと撤去した」
「では、誰が電話を?」
「二日目の発信元は五一二号室だろう」
支配人はそれ以上説明しなかった。
その日のうちに交換機を切ると言ったが、夜になっても業者は来なかった。
午前二時六分。
〈804〉が点滅した。
理世は受話器を取らなかった。
呼び出し音は止まらず、ホテル中の客室電話が一台ずつ鳴り始めた。五階、六階、七階。音が階段を上るように近づいてくる。
最後に、フロントの内線表示が点いた。
〈F01〉
目の前の電話が、発信元として自分自身を示している。
理世が恐る恐る受話器を取ると、老女の声が耳元でささやいた。
『転送先をお選びください』
「選ばなければ?」
『前のお二人も、最初はそう言いました』
操作盤には、宿泊中の部屋番号がすべて点灯していた。
受話器の向こうで、五一二号室の男と八〇四号室の女が泣いている。
『早く誰かにつないで』
『朝まで生きたいでしょう』
理世は初めて理解した。
あの二人を殺したのは電話ではない。
自分が次の部屋へ転送したことだった。
午前二時七分、交換記録に新しい一行が加わった。
〈発信元 F01〉
〈転送先 支配人自宅〉
理世は受話器を置いた。
遠く離れた町で、支配人の枕元の電話が鳴り始めた。