返却不能のアンコール
粟生千景は、解散ライブの最後に歌う曲だけ、歌詞を知らされていなかった。
バンド〈セブンス・レター〉は、デビューから七年で解散する。理由は借金だった。事務所が衣装費、宣伝費、配信広告費を積み上げ、メンバー四人には一人三千万円の債務が残った。今夜の売上も返済に消える。社長は「最後くらい笑え」と言った。
新曲のタイトルは〈返礼不能〉。
イントロでは、レジの読取音が八分音符で鳴った。大型画面に、過去七年の売上が高速で流れる。千景のイヤーモニターには合成音声がガイドを歌い、彼女は初見で追いかけた。
「返して」
Aメロの字幕に、見覚えのない数字が並ぶ。千景たちが負った借金より、桁が二つ多い。ファンが買ったCD、配信、グッズ、投げ銭。それらから会社へ入った総額だった。だがメンバーへ支払われた印税は、契約書の「回収完了後」という一文でゼロにされている。
社長が舞台袖で字幕を消せと命じた。スクリーンは切れない。曲の制作者は、解散発表後に一度だけ連絡してきた匿名の会計担当だった。
サビに入ると、客席のスマートフォンに確認画面が開いた。〈あなたが購入した音源の著作権者を確認しますか〉。観客が次々に承認する。購入履歴が集まり、会社が申告した売上との差額が、赤い波形となって伸びていく。
「返して」
社長は千景に歌うなと叫んだ。だが残り三人が音を強くした。ギターのノイズ、ベースの歪み、ドラムの連打。その中心で千景は、七年間一度も自分たちへ向かなかった金額を読み上げるように歌った。
最後の一音で、画面に電子契約の条項が現れた。
〈虚偽会計が確認された場合、原盤権および名称使用権は自動的に制作者へ返還される〉
社長が作った契約だった。メンバーを縛るための細則が、購入履歴によって発動したのだ。バンド名、過去曲、未払い印税が会社から四人へ戻る。
千景はマイクを置き、社長へ向けて最後の一言を歌わずに告げた。
「返して」
ファンへアンコールを返す約束ではない。奪われた七年を、解散する四人自身へ返させる請求だった。