返却口の向こうの友人

図書館の返却口へ、十年前に借りた本を入れられずにいた。

借りたのは親友だった。

返却期限の翌日、親友は事故で亡くなった。本は遺品の箱から見つかり、利用カードも挟まっていた。

閉館後、司書として一人残り、本を開いた。

最後の頁に親友が座っていた。紙の縁へ腰かけ、当時の制服姿で足をぶらつかせている。

「遅い」

「あなたが借りた本でしょう」

「返すのは、生きてる人の役目」

親友は、延滞した本を開いている間だけ現れた。閉じれば消える。返却処理をすれば、もう会えない。

二人はカウンターで話した。

事故の前日、喧嘩していた。

親友は県外の学校へ進むと言い、司書は、

「逃げるんだ」

と責めた。

本当は置いていかれるのが怖かった。

「何で返事しなかったの」

「事故のあとに?」

「喧嘩のあと」

親友は本の文字を指でなぞった。

「返事する前に、これを読み終えたかった」

物語は、町を出た少女が何年も後に故郷へ戻る話だった。

栞は終章の手前に挟まっている。

「最後まで読んだ?」

「読んでない」

「死んだのに?」

「死んでも、借りた人の頁より先へは進めないみたい」

司書は声を出して続きを読んだ。

親友は内容に何度も文句を言い、結末では、

「戻れば全部元どおり、は嘘だね」

と笑った。

「あなたは、戻るつもりだった?」

「出る前から戻る話をするの、ずるくない?」

「今なら答えて」

「分からない。でも、あなたには手紙を書くつもりだった」

欲しかった約束ではなかった。

それでも、永遠の別れを予定していたわけではないと知れた。

閉館時間を過ぎ、警備の電話が鳴った。

本を閉じると親友は消える。

司書は受話器を無視し、最後に尋ねた。

「返していい?」

「私に聞くの?」

「借りた人だから」

「じゃあ返して。次の人が読む」

親友は立ち上がり、貸出カードへ指を置いた。

「あなたも、ここに残るだけが友達じゃないよ」

司書は本を閉じた。

返却処理の音が、夜の館内に一度響いた。

翌月、異動願を出した。

長く避けていた児童サービスの担当へ移り、町を出る子どもたちへ本を選ぶ仕事を始めた。

返却された本は棚へ戻った。

何度か貸し出され、栞はなくなった。

司書はその本を特別扱いしない。

物語は、誰かが途中でいなくなっても、次の読者の手で頁の先へ進める。

親友を見送った夜、自分にもそうしてよいと教わった。