返却日は明日
須賀原颯希は、母校の図書室で蔵書データを移行していた。二十七歳。統廃合前に全冊を登録し直す仕事だが、旧校舎の返却口だけは電源が切られ、黒い布を掛けられていた。
司書日誌の最終頁に、赤い返却印が押されている。
《返却日が明日になっている本を、返却口へ入れてはいけない》
昭和四十二年、校地を広げる際に共同墓地を移した記録があり、移転できなかった墓の名を本へ写して図書室に置いたという。未来の日付は「まだ借りている者」がいる印だと、退職した司書の音声記録に残っていた。
颯希は迷信より、日付設定の不具合を疑った。
十九時十二分、棚の最下段から題名のない一冊が落ちた。貸出カードには、颯希が生まれる前から同じ名字が並んでいる。最後の欄は須賀原颯希。返却日は明日だった。
バーコードを読むと、システムは《登録外資料》と警告する。颯希はエラー再現のため、一度だけ本を返却口へ滑らせた。
奥で、紙ではない重いものが落ちた。返却処理画面に《一名を返却しました》と出る。図書室の照明が棚の奥から順に消え、返却口の向こうで誰かがカードへ印を押し続けた。
颯希は管理室から電源を落とし、校舎を出た。翌朝には本もログも消えていたため、報告書には機器故障とだけ書いた。
会社のサーバーには、返却処理後の監査ログが残っていた。資料IDの欄は颯希のマイナンバーと同じ数字で、貸出回数は二十七回。利用者一覧には、幼稚園、小学校、高校、現在の勤務先まで、彼が所属した場所が図書館名として並んでいる。最終利用者だけ《次に読む者》と記され、住所は颯希の自宅だった。
帰宅後、普段使う電子書籍アプリへ見知らぬ本が追加された。表紙には自宅の玄関写真、題名は《須賀原颯希》。頁をめくるたび、今日の行動が過去形で記されている。最後の頁だけ白紙だった。
スマートフォンへ図書館から通知が来た。
《返却期限は明日二十三時五十九分です》
《資料名:須賀原颯希》
《返却場所:旧校舎図書室》
閉じようとすると、白紙だった最後の頁に一行増えた。
――利用者は、通知を読んだ。