返品できない春
居酒屋の四人席に、三人と一体の白いトルソーが座っていた。
早川碧依たちの会社〈リステッチ〉は、古着を学生デザイナーが作り替えて売る通販サイトだった。最初の春は雑誌に載り、注文が百件来た。二度目の春には返品が百二十件来た。写真と色が違う、縫い目が曲がっている、思ったより古着の匂いがする。外注した縫製代だけが残った。返品された服は事務所の壁を埋め、三人は最後の一か月、服を作る会社ではなく、謝罪文を折る会社になった。
「トルソーまで連れてくる必要あった?」
神谷麻冬がレモンサワーを避ける。
「事務所、明日返すから。捨てるのも金かかる」
冬木柾は、トルソーの首に掛けたブランド札を裏返した。裏には、支払いを待っている縫製職人の名前が並んでいる。
碧依は封筒を二つ置いた。
「在庫を売った分。これで未払いの半分」
「残りは?」
「私が払う」
「また代表だけ格好つける」と麻冬。
「格好よかったら、こんな店で解散会してない」
柾が笑い、すぐ真顔に戻った。
「俺、物流会社に入る。服を作るより、届く数と戻る数をちゃんと数える」
「似合わないスーツ着るんだ」
「返品不可で買った」
麻冬は故郷の仕立店へ戻ると言った。祖母に頼んで、一から縫い直す。
「ネットで売らないの?」
「人が試着して、嫌ならその場で脱げる距離で売る」
二人が碧依を見る。
「私は専門学校。デザインを勉強し直す」
「起業コンテスト優勝者が?」
「審査員は縫い代を見なかった。私も見せなかった」
店員が空いた皿を下げ、トルソーの前にも取り皿を置いた。四人に見えたのだろう。三人は訂正しなかった。
帰り際、麻冬がブランド札を外し、柾がトルソーを店の隅へ運んだ。碧依は持ち帰ろうとしたが、酔客にぶつかって腕を落とした。白い腕は床を滑り、三人の靴の間で止まった。
「これ、誰が持つ?」
誰も答えなかった。
会計を済ませると、三人は別々の駅へ向かった。四人席には、首から名前を失ったトルソーだけが残り、店員が困った顔で空の椅子を引いた。