返済先は次の家族

 母の遺産には、四百八十万円の預金と、一冊の貸付帳があった。

〈長女 百二十万円 進学費〉

〈長男 九十万円 離婚時の転居費〉

〈次女 百五十万円 店の運転資金〉

 三人とも、自分だけが内緒で借りたと思っていた。

「これは相続分から引くべきだ」

 長男が言った。

「利息は?」

「家族間で取るの?」

「私は一番多く借りてる。平等に分けたら、ずるいでしょう」

 次女は帳面を閉じた。

 長女は腹が立った。

「母さんが生きてるとき、一度も返せって言わなかった」

「言えなかっただけかもしれない」

 ページをめくると、返済記録は一件もなかった。代わりに、各項目の下へ母の短い字がある。

〈卒業した〉

〈新しい部屋で眠れた〉

〈店、三年目〉

 最後のページには、こう書かれていた。

〈返済先は私ではありません。次に家族が困ったとき、できる人が回してください。できない人を責めないこと〉

「遺言として有効なの?」

 長男が尋ねた。

「また数字の話?」

「数字にしないと、誰か一人が背負う」

 その指摘も正しかった。

 三人は預金をすぐには分けなかった。

 半分は法定どおり分け、半分は家族の緊急口座へ残す。使うときは三人全員へ知らせ、返済は義務にしない。ただし、使った理由と、その後どうなったかだけ記録する。

 最初に口座を使ったのは長女だった。

 勤め先が閉鎖し、資格講座を受ける費用が足りなかった。進学費を一番早く返すべきだと主張していた長女が、最初に助けを求めることになった。

「反対してもいい」

 家族画面へ書くと、長男から返事が来た。

〈受講後の記録を頼む〉

 次女からも。

〈できない人を責めないこと〉

 長女は泣きながら申請した。

 一年後、貸付帳の続きを三人で書いた。

〈長女 資格取得。再就職〉

 返済額の欄は作らなかった。

 母の財産は、分ければ少しずつ減る金だった。

 けれど一部を回る仕組みに変えたことで、家族の誰かが「助けて」と言う場所として残った。

 相続したのは預金だけではない。

 助けたことを恩にせず、助けられたことを負債だけにしない方法だった。