追放商人と空白の帳簿
商業ギルドの月末監査で、レオニスは三百枚の金貨を盗んだ罪を着せられた。
「倉庫鍵を持っていたのはお前だ。今日限りで追放。弁済できなければ鉱山送りだ」
ギルド長ガザンが告げると、会議室の誰も目を合わせなかった。レオニスが毎晩合わせていた在庫も、彼が作った仕入れ表も、今は罪の証拠にされている。
手元に残ったのは、転職時にもらった《商人初心者・初回十連》だけだった。
レオニスは席を立たず、その場で回した。
粗末な羽根ペン、封蝋、麻袋など九品。十品目は表紙も罫線もない白い帳簿だった。
《空白帳/説明:品物が本来いるべき場所を記します》
「玩具で時間稼ぎか」
ガザンが笑う。
レオニスは盗まれた金貨の保管箱へ帳簿を触れさせた。白紙に黒い文字が走る。
『金貨三百枚。第三区倉庫より搬出。搬出者ガザン。現在地、ギルド長私邸・寝室床下』
会議室の空気が凍った。
ガザンが帳簿を奪い、ページを破る。だが破れた紙片の一枚一枚に同じ記録が浮かび、床一面へ証拠が散った。さらに帳簿の次頁が勝手にめくれる。
『銀貨八百枚。寄付金箱より――』
「止めろ!」
叫んだ時点で、監査官はもう衛兵を呼ぶ鐘を鳴らしていた。
レオニスは弁明しなかった。自分の荷物だけをまとめ、追放状へ受領の署名をする。契約を切ったのは向こうだ。ならば、戻る義理もない。
廊下へ出ると、地方商会の女主人が待っていた。
「うちで監査主任をしない? あなたが三年、不正を出さなかった帳簿を私は知っている」
差し出された新しい雇用契約には、以前の三倍の給与と、監査権限の独立が明記されていた。
レオニスが署名した瞬間、白い帳簿の表紙に金文字が現れる。
床へ散った紙片を見て、若い書記が震えながら手を挙げた。寄付金の不足も、仕入れ先の不自然な変更も、レオニスへ報告する前にガザンが握り潰していたという。続いて二人、三人と証言が重なる。レオニスが一人で正しさを証明する必要は、もうなかった。帳簿が開いたのは金庫だけでなく、黙らされていた人々の口でもあった。
《神話級〈万物流通原簿〉――所有権の偽装を無効化します》