逆さの印影
電子入札の保守会社で働く榎並朔は、判子の善し悪しなど分からない。だが、画像の縁なら分かる。
公園照明の更新工事に、三社の入札書がPDFで届いた。社名も代表者印も違う。金額は予定価格のすぐ下で、最安の一社だけが二十万円低かった。契約審査の前日、朔は形式検査を任された。
一社目の印影を拡大すると、赤い円の外に十二ピクセルの透明な余白があった。二社目も十二ピクセル。三社目も同じだった。印鑑画像を切り抜く人の癖は、指紋に近い。さらに三つとも、右上の同じ位置に白い点が一つ残っている。スキャナの埃ではない。画像を複製したときに付いた抜けだ。
朔は三枚を重ねた。文字だけは違うのに、赤の濃淡と輪郭の欠け方が完全に一致した。三社目だけ、印影が上下逆さに貼られていた。円の中の代表者名は読めるよう反転されていたが、白い点まで反転していた。
「電子印鑑なんて似るものだ」
契約課の担当者は言った。
朔はファイル情報を開いた。三つのPDFの作成者は、いずれも『kyokai02』。作成時刻は二十二時十一分、十三分、十五分だった。競合三社の書類が、業界団体の同じ端末で二分おきに作られている。
翌日の決裁会議。最安会社との契約書がプロジェクターに映され、委員長が承認欄を開いた。朔は検査結果として、逆さの印影を拡大表示した。
「会社は三つです。でも、書類を作った手は一つです」
担当者は、印影画像は各社が同じ無料ソフトで処理したのだと主張した。朔は三つのファイルのハッシュ値と編集履歴を示した。異なるのは社名、金額、印鑑の文字層だけで、背景層の識別番号は同じだった。元になる一枚を複製し、文字だけ差し替えた構造だ。会議室の後方で、業界団体の事務局員が椅子を引く音がした。誰も、その音の理由を尋ねなかった。
画面の赤い円の中で、白い点だけが天井側に浮いていた。委員長は押印用の認証カードを端末へ差しかけ、差込口の手前で止めた。