運命係の訂正印
【縁務庁・誤配通知】
対象者――ユディナ・フェル
対象者――トレヴィン・ロア
誤配期間――五年四か月
原因――運命簿第七欄のインク滲み
ユディナとトレヴィンは、通知を三度読んだ。
二人が出会った雨宿りも、同じ本を同時に取ったことも、転居先の部屋が隣だったことも、すべて運命係が誤って結んだ縁糸の作用だった。
本来、ユディナの糸は北町のパン職人へ。
トレヴィンの糸は西丘の薬師へ結ばれるはずだった。
「だから別れろと?」
トレヴィンが窓口で訊く。
係員は事務的に答えた。
「現在の縁を維持することも可能です。ただし、余った二本の糸は次の冬至に消滅します」
「糸が消えると?」
「本来結ばれる二名が、世界から存在しなかったことになります」
会ったことのない二人だった。
それでも、恋を続けるために誰かの人生を消すことはできなかった。
訂正処理は翌日の零時。
誤縁期間の記憶はすべて消去される。
最後の一日、二人は特別なことをしなかった。
朝食の皿を洗い、窓辺の鉢へ水をやり、いつもの市場で夕食を買った。
「豪華な最後にしなくていいの?」
ユディナが訊く。
「記憶が消えるなら、豪華でも同じだ」
「では、どうして普通に過ごすの」
「僕らの恋は、普通の日がいちばん多かったから」
夜、二人は部屋の物へ紙を貼った。
〈この椅子はトレヴィンのもの〉
〈青い鍋はユディナのもの〉
〈窓辺の鉢は、先に気づいたほうが水をやる〉
最後の紙だけ、貼る場所がなかった。
〈ここで二人は幸せでした〉
「残したら、記憶が戻るかもしれない」
ユディナが言う。
「戻ったら、また誰かを消す選択をする」
「そうだね」
紙を燃やした。
零時、縁務官が赤い訂正印を押す。
二人の間の糸が切れ、五年四か月が白い光になって消えた。
翌朝、ユディナは見知らぬ部屋で目を覚ました。
隣室のトレヴィンも、なぜ青い鍋が二つあるのか分からなかった。
廊下で初めて顔を合わせる。
二人とも、礼儀正しく頭を下げた。
ユディナの頬に小麦粉がついていた。
トレヴィンは反射的に手を伸ばしかけ、理由が分からず止めた。
「何か?」
「いいえ。どこかで会った気がして」
「私も」
それだけ言って、別々の階段を下りた。
訂正処理は完全だった。
消えた二人も無事に存在し、それぞれの運命へ歩き始めた。
ただ縁務簿の余白には、消し忘れた小さな記載が残った。
〈誤配であっても、幸福であった事実は訂正対象外〉