遺失物台帳の最終頁
小規模老人ホーム〈白樺六番館〉では、フェレットの「がま口」が廊下を散歩すると、必ず何かがなくなった。
介護職員の枇杷阪芙実は、玄関に遺失物台帳を置いた。
〈四月三日 緑色のボタン。食堂のソファ下で発見〉
持ち主は二号室。亡き妻のコートから取れたもの。「捨てられずにいた」と笑った。
〈四月十一日 赤い鉛筆。がま口の寝床で発見〉
持ち主は五号室。元教師。久しぶりに全員の名前を添削した。
〈五月二日 小さな鍵。用途不明〉
三人が自分のものだと言い張る。結局、お菓子棚の鍵だった。三人とも共犯と判明。
がま口の飼い主は、七号室の老婦人だった。散歩のたびに「泥棒は返す場所まで考えて一人前」と言い、皆と一緒に捜した。
六月、老婦人が眠るように亡くなった。
がま口は部屋の前から動かなくなった。芙実が抱き上げても、するりと抜け、閉じた扉を前脚でかいた。
飼い主を失った小動物を、施設では飼い続けられない。芙実が引き取ることになった。
別れの日、入居者たちは玄関へ集まった。誰も「寂しい」とは言わず、餌の量や爪切りの頻度ばかり確認した。
車へ乗せようとしたとき、がま口が芙実の腕から逃げた。
廊下を走り、七号室へ入り、ベッドの下から布袋を引きずり出した。中には、これまで見つからなかった品が詰まっていた。
一号室の眼鏡拭き。
三号室の将棋の駒。
職員の名札。
台帳につけていた鉛筆削り。
そして、入居者全員の顔が写った写真。
裏に、老婦人の字があった。
〈がま口へ。ここで盗ったものは、ここへ返すこと。ここで受け取ったものは、持っていってよい〉
写真だけは、誰も返せと言わなかった。
芙実はがま口を自宅へ連れて帰った。だが週に三日、一緒に出勤する。散歩の前には、入居者が自分の持ち物を一つずつ高い場所へしまう。
それでも必ず、何かがなくなる。
〈九月十五日 七号室の名札〉
台帳の持ち主欄には、全員でこう書いた。
〈この家〉
がま口は返却せず、新しい寝床のいちばん奥へしまった。
遺失物台帳は、その頁で終わっている。
失くしたのではなく、持っていってもらったものを記す欄がなかったからだ。