金魚取締役会議事録
有限会社・蓮沼理髪店
臨時取締役会議事録
日時 六月三十日 午後六時
出席者 店主・蓮沼甚八
常連客十一名
金魚一匹(通称「社長」)
議題一 閉店について
店主より、「妻も死んだし、腰も痛いし、もう十分」と説明があった。
常連客から、「髪はまだ伸びる」「勝手に十分になるな」と反対意見が出た。
店主は、はさみを置き、「これは俺の店だ」と発言。
すると小学生代表が水槽を指し、「社長の店じゃないの」と質問した。
社長は口を二度開閉した。
賛否は不明。
議題二 社長の処遇について
閉店後、社長を店主宅へ移す案が提示された。
店主は「家に帰ると、妻がいないのがわかる。こいつまでいたら余計に思い出す」と拒否した。
ここで、全員が初めて黙った。
社長は十六年前、店主の妻が夏祭りですくった金魚だった。客の子どもが泣けば水槽の前へ座らせ、受験前の高校生には「社長に顔を覚えてもらえば受かる」と縁起を担がせた。妻が入院してからは、店主が毎日、病室へ社長の動画を送った。
最後の動画に、妻の声が残っている。
『私がいなくても、店を暗くしないでね。金魚は暗いと、客が来たかわからないから』
店主はその言葉を誰にも聞かせていなかった。
議題三 営業継続案
次の案が提出された。
一、営業時間を午前中だけにする。
二、掃除は常連客が交代で行う。
三、重い荷物は向かいの青果店が運ぶ。
四、腰が痛い日は散髪せず、お茶だけ出す。
五、社長の餌代は、募金箱ではなく「役員報酬箱」に入れる。
店主は「理髪店がお茶だけ出してどうする」と抗議。
常連客代表は「髪を切りに来てたんじゃない。あんたに、まだいるか確かめに来てた」と発言した。
店主は眼鏡を外し、長く鼻をかんだ。
その間、社長は水草を一本抜いた。
採決
営業継続 賛成十一
閉店 賛成一(店主)
棄権 一(金魚。餌に気を取られたため)
よって、閉店案は否決された。
付記事項
翌月から店の看板は「蓮沼理髪店 兼・社長室」と改められた。
店主は一日三人しか髪を切らない。残りの客は茶を飲み、社長に近況を報告する。
妻の一周忌の日、店主は水槽の照明を消そうとして、やめた。
「暗いと客が来たかわからんからな」
誰にともなく言うと、社長が水面で口を開けた。
議事録作成者は、その発言を賛成票として追記した。