鏡は顔を覚えている
毒に沈む王子の寝台脇で、エスロイは銀鏡を床へ伏せた。
「一つ答えるたび、おまえの記憶から顔を一つもらう」
鏡の裏で悪魔ザイヴが爪を立てる。契約は既に血で結ばれていた。夜明けまでに毒と犯人を突き止めなければ、王子ミュレクの息は止まる。
「毒を盛ったのは誰だ」
鏡を起こす。表面に侍医の顔が浮いた。
同時に、エスロイの記憶から父の顔が消えた。声も、抱き上げられた腕の感触もあるのに、そこだけ白い穴になった。
侍医を捕らえると、男は首を振った。
「私は杯へ入れただけだ。命じた者がいる」
二つ目の問いで、大臣の顔が映る。代価に母の顔が消えた。
三つ目で、大臣の背後に王子自身の印章が現れた。姉の顔が消えた。
王子は毒を自ら注文していた。だが、なぜ。
四つ目。
鏡は地下牢の少年を映した。王子と同じ顔を持つ、双子だった。王位を奪った兄へ毒を送り、失敗すれば自分が替わる計画。幼いころ離された二人を操ったのは、摂政だった。
エスロイは問いを重ねた。解毒剤はどこか。摂政は今どこか。地下牢の鍵は誰が持つか。
友の顔が消え、師の顔が消え、幼い自分を水から救った人の顔が消えた。
最後の問いで、鏡は薬棚の最下段を示した。
「これを飲ませれば助かるのか」
「助かる」と悪魔は答えた。
代価が落ちた。
エスロイは小瓶を取り、王子の口へ注いだ。青かった唇に色が戻る。衛兵は摂政を捕らえ、地下牢から双子を連れ出した。陰謀は崩れた。
王子が目を開け、彼の手を握った。
「エスロイ、恩は忘れない」
その名に胸は反応した。だが王子の顔が誰のものか分からない。寝台を囲む者たちは皆、声だけを持つ仮面に見えた。
彼は銀鏡へ目を向けた。
そこには、見知らぬ男が立っている。
頬の傷も、疲れた目も、鏡の男は自分と同じ動きをした。それでも、その顔を一度も見た覚えがない。
「最後に奪ったのは誰の顔だ」
ザイヴが鏡の中で笑った。
「おまえ自身のだ。私は気に入ったので、覚えておく」
鏡面の奥では、悪魔がエスロイの顔をかぶっていた。寝台脇に残った男には、名だけがあり、それを結びつける顔がなかった。