鐘楼の雷を撫でる

大聖堂の鐘楼へ雷竜の幼子が入り込んだ夜、町の誰も鐘を止められなかった。

幼竜が鳴くたび、鐘がひとりでに揺れ、青い稲妻が塔を走る。司祭は悪しき兆しだと叫び、兵士たちは階段の下から網を投げようとした。

ただ一人、鐘守の娘ナギだけが、皆の制止を振り切って階段を上った。

彼女は生まれつき耳が聞こえない。だから雷鳴にも鐘の轟音にも怯えなかった――と、人々は思った。けれどナギが見ていたのは、音ではない。

鐘の振動を床と指で読む彼女には、幼竜が鳴く直前だけ梁へ爪を食い込ませるのが分かった。雷を起こしたいのなら、あんなふうに痛みから身を縮めはしない。

鐘楼の梁にしがみつく幼竜の首には、切れた避雷線が絡んでいた。動くたび銅線が雲色のたてがみへ食い込み、痛みに反応して電気が弾けている。

ナギは両手をゆっくり上げた。何もしない、という合図。それから厚い革手袋をはめ、床へ座る。

幼竜の瞳が、彼女の指先を追った。

近づいてよい?

声の代わりに手で尋ねると、幼竜は一度だけ瞬いた。

ナギは這うように距離を詰めた。銅線へ触れた瞬間、手袋越しにびりりと震えが走る。それでも引かなかった。食い込んだ部分を小刀で一本ずつ切り、焦げた毛を木櫛でほどいていく。

最後の輪が外れた。

幼竜は大きく身震いした。青白い光がたてがみを駆けたが、今度は雷にならず、蛍のように宙へ散った。止まらなかった鐘も、ゆっくり静止する。塔の石床から暴れる振動が消え、ナギの足裏には幼竜の小さな呼吸だけが残った。

階下の兵士たちが息をのむ中、幼竜はナギの手袋をくわえて脱がせた。そして裸の掌へ鼻先を押し当てる。

稲妻に似た銀色の契約印が、彼女の掌に浮かんだ。

司祭が何かを叫んでいる。だがナギは見なかった。幼竜が腕の中へ潜り込み、胸へ耳をつけたからだ。

雲のような毛は驚くほど柔らかく、その奥で弾む鼓動だけが、耳の聞こえないナギの骨へ温かな振動と重さになって届いていた。