閉店後の予約名

閉店後のレストランで、小野篠小和乃は夫の東雲原隼悟と、店長の鳳条真綾に向かい合った。

「家で待っているだけの人には、店のことなんて分からない」

隼悟はシェフコートの袖をまくり、真綾は鍵を指で回した。二人は“小和乃が嫉妬で騒いでいる”という筋書きを、すでに従業員へ広めていた。

小和乃は予約台帳を開く。

毎週火曜、閉店後の二名予約。客名は架空、会計は店長権限で全額取消し。高級酒と食材だけが在庫から消えていた。

「棚卸しの誤差だよ」と真綾が笑う。

小和乃は厨房モニターを点けた。

食品事故対策で設置された防犯カメラには、閉店後の二人が客席で食事をし、そのまま事務室へ入る姿が映っていた。映像は本部サーバーへ自動保存され、削除操作も履歴に残っている。真綾は二十六回、店長端末から消去を試みていた。

さらにスマートロックの記録では、二人が翌朝まで事務室を開閉している。隼悟が“小和乃は何も気づかない”と話す音声も、予約確認用マイクに残っていた。

隼悟は初めて声を荒らげた。

「夫婦の問題だ。店には関係ない」

扉が開き、チェーン本部の社長と監査担当が入る。

「関係があります。無断飲食、在庫の私的流用、虚偽の売上取消しです」

真綾は店長職を解任され、隼悟も契約解除。二人には食材代と不正会計分の返還請求が出た。加えて、小和乃の弁護士が宿泊記録とメッセージ履歴を提出し、双方への慰謝料額を読み上げる。

真綾は小和乃へすがった。

「映像を取り下げれば、店は続けられるでしょう?」

「映像を保管しているのは本部よ。それに、この店を続ける人はもう決まってる」

社長が新しい業務委託契約書を置いた。小和乃は結婚前から料理研究家としてレシピを提供し、店舗の商標権も持っていた。監査を手伝った彼女へ、本部直営店の総監修を任せるという。

隼悟のシェフ名がメニューから削除され、小和乃の署名が監修者欄へ入る。

閉店後の予約名が〈本部監査〉へ書き換えられた瞬間、二人だけの店だと思っていた場所から、二人だけが永久に締め出された。