閉店後の花屋
母から継いだ花屋を、娘は閉めようとしていた。
母の束ねる花は、派手ではないのに贈る相手へよく似合った。
娘が作れば、色も高さも整いすぎて、
「前の店主さんとは違うね」
と言われた。
閉店を決めた夜、売れ残った白い花を一輪、店の中央へ置いた。
翌朝、店内には自分と同じ顔の女がいた。
閉店後に一輪だけ残すと、翌日の店番をもう一人の自分が代わり、その花が売れるまで本物は店へ入れない。
娘は硝子戸の外から見ていた。
もう一人の自分は、母のように客の事情を聞かない。
花の名前も時々間違える。
黄色と紫を平気で混ぜ、包装紙も斜めだった。
ところが客は笑った。
入院する友人へ持っていく人は、
「元気になれって感じじゃなくて、病室で一緒にぼんやりできそう」
と言った。
退職する上司への花を選ぶ人は、
「きれいすぎないから、本人に似てる」
と喜んだ。
常連の老人が来た。
母の命日ごとに白い花を買う人だった。
もう一人の娘は、中央の売れ残りを勧めた。
「その花だけは、売らないで」
硝子の外から娘は叫んだ。
声は届かない。
老人は花を見て首を振った。
「今日は白じゃなくていい」
「毎年、白でしょう」
「前の店主に似合った色を買ってただけだ。今の店主に、同じ束を作らせるのは違う」
もう一人の娘は、赤い実の枝を一本選んだ。
老人はそれを買い、最後に白い花も指した。
「これは店へ飾って。あなたの母親じゃなく、あなたが今日残した花だから」
売れたことになるのか、硝子戸の鍵が開いた。
本物の娘が入ると、もう一人の自分は帳場の前で消えた。
机には、斜めの包み紙と、計算を二度間違えたレシートが残っている。
完璧な店番ではなかった。
けれど客は、母の代わりを求めていたわけでもなかった。
娘は閉店の貼り紙を外した。
毎日開けるのは苦しいので、週四日の営業へ変えた。
花束には、自分が美しいと思う組み合わせだけでなく、相手の話を聞いたあと一つだけ不揃いな枝を入れた。
店の中央には、白い花を飾った。
翌朝になっても、もう一人の娘は現れない。
母と同じ役を演じなくても、店を継ぐことはできた。
違う手が束ねた花を、町の人が新しい記憶として受け取ってくれたからだ。