閉館までに片づけます

「大丈夫です。閉館までに片づけます」

冒険者ギルドの清掃員バルクは、壊れた椅子を見ても、吐瀉物を見ても、同じ返事をした。

元冒険者らしい大きな体をしているが、等級札は持っていない。受付嬢ティセが知っているのは、彼が床板の軋みを全部覚えていることと、酔客を持ち上げるときだけ妙に姿勢が美しいことくらいだった。

その夜、最後の冒険者が帰ると、ティセは帳簿を閉じた。

「二階の窓、鍵をかけました?」

「ええ。けれど、入る人間は窓を使うとは限りません」

裏口が内側から開いた。

黒革の外套を着た男が立っていた。懸賞金つきの殺し屋《針鼠》ダガン。腰に十四本の投げ針、右手に細剣。依頼人名簿を奪うため、警備の薄い閉館後を狙ったのだ。

「掃除屋は帰れ。受付だけ始末する」

バルクは壊れた椅子を逆さにしたまま、困ったように眉を下げた。

「床を汚されると困ります」

ダガンの十四本の針が同時に放たれた。

ティセは机の陰へ伏せた。正面は見えなかったが、壁の鏡に、バルクの動きだけが映った。

彼は箒の柄を片手で抜き、横へ一度払った。

それだけだった。

十四本の針は空中で先端だけを失い、細剣は鍔から細かな輪切りになった。さらに外套の留め金、靴紐、武器帯までが同じ高さで断たれる。ダガンは何が起きたか理解できない顔のまま、ずり落ちた外套に足を取られて床へ倒れた。

王都最強と呼ばれた剣聖バルガスの技、《連環》。十年前、その使い手は戦死したことになっている。鏡の中の横顔は、記念銀貨の肖像と同じだった。

バルクは殺し屋を古い絨毯で巻き、「回収・要警備」と荷札を付けて裏の集積所へ置いた。折れた針は磁石で拾い、靴跡には木粉を擦り込む。床板の小さな傷まで蝋で埋めると、乱闘の痕は消えた。

ティセがようやく立ち上がる。

「あなた、名前は本当にバルクなんですか」

「清掃記録には、そう書いてあります」

彼は壊れた椅子を直し、脚の長さを確かめてから卓へ戻した。外では夜警の笛が鳴り始める。

そして何事もなかったように布を畳み、最初と同じ口調で告げた。

「大丈夫です。閉館までに片づけます」