開ボタン使用状況報告
青園住宅管理組合
共用エレベーター遅延に関する調査記録
【申告内容】
平日午後五時ごろ、三号機が各階で長時間停止する。
閉ボタンを押しても発車せず、不便である。
三号機は築四十年の旧式であり、もともと動作が遅い。帰宅時間帯には、かご内でため息や舌打ちが増えているとの意見もあり。
【防犯映像確認】
十月七日、午後五時六分。
九階居住の女子中学生が一階から乗車。
閉扉直前、開ボタンを押す。
二十三秒後、歩行器を使う七階居住の男性が到着。
二名乗車。
十月八日から十一月二日まで、同様の記録、計十八回。
映像では、男性が毎回「先に行きなさい」と手を振り、女子中学生が毎回、首を横へ振っている。
会話の音声は記録されていないが、二人は乗車後、必ず天気の話をしているように見える。
【聞き取り】
女子中学生の説明。
「前に私が松葉杖だったとき、あの人が毎朝待ってくれました。今は歩くのが遅くなったので、順番が替わっただけです」
男性の説明。
「待たせて悪いから、先に行けと言っている。だがあの子は『二十三秒なら遅刻しません』と言う」
【理事会協議】
意見一。
一部住民のために全体を待たせるのは公平でない。
意見二。
乗降に必要な時間を「遅延」と呼ぶべきではない。
意見三。
二十三秒を惜しんで挨拶もしなくなった建物のほうが、不便ではないか。
結論保留。
【十一月十五日】
女子中学生、自転車事故により負傷。
退院後、車椅子で帰宅。
午後四時五十九分、一階。
宅配員が荷物を床へ置き、開ボタンを押す。
三階では幼児が母親に抱かれたまま押す。
五階では、遅延の苦情を出していた住民が扉へ手を添える。
七階で例の男性が乗車し、車椅子の少女へ言う。
「今日は二十三秒を返す番だ」
九階では、住民三人が廊下で待ち、車椅子が出るまで扉を押さえた。
映像上、一階から九階までの所要時間は通常より二分四十秒長い。
苦情、零件。
【最終決議】
開ボタンの使用制限は設けない。
掲示文を以下のとおり変更する。
旧――ほかの利用者のため、速やかな乗降にご協力ください。
新――急いでいる人も、急げない人も乗ります。扉を少し長く開けた日は、その時間を遅れではなく、同乗と呼びます。
【付記】
翌月以降、午後五時台の平均運行時間は三十一秒増加。
一方、エレベーター内で交わされる挨拶は、映像確認可能な範囲で約四倍に増えた。