雨天中止の花火
古い財布を処分しようとして、ほのかは透明な窓の裏から、にじんだ抽選券を見つけた。
〈納涼祭・花火大会 午後八時〉。日付の数字は雨で半分消えている。
その町の高校が翌春に閉校すると決まった年、最後の夏祭りは朝から雨だった。午後六時、校内放送で花火の中止が告げられた。それでも制服姿の生徒たちは帰らず、体育館の軒下で焼きとうもろこしを食べ、濡れた提灯を眺めていた。
ほのかは駅の待合所で、同級生の昴と二人きりになった。昴は卒業を待たず、家業の都合で九月に転校する。
「最後なのに、何も見られなかったね」
ほのかが言うと、昴は鞄から線香花火を一本だけ出した。
「花火大会は中止。でも、これが禁止とは言ってない」
二人は駅員に頼み、屋根の端、雨の届かないコンクリートで火をつけた。小さな火の玉は、湿気た空気の中で頼りなく膨らんだ。
ほのかは、今日こそ昴に好きだと言うつもりだった。けれど火が落ちそうになるたび、二人で息を止めるのが可笑しくて、言葉は後回しになった。
「学校がなくなったら、俺たちのいた場所もなくなるのかな」
昴が聞いた。
「なくなるよ」
ほのかは正直に答えた。
「でも、なくなった場所にいたことまで消えないでしょ」
火の玉は、その言葉のあとで落ちた。二人は同時に「あ」と声を出し、笑った。告白も約束もなかった。ただ雨音の中で、終わるものを終わるまま見届けた。
二十八歳になったほのかは、母校跡地に新設される児童館の設計を担当している。明日の説明会には、地元住民から反対意見も出るだろう。校舎を残せないことに、今も後ろめたさがあった。
抽選券を指でなぞる。雨天中止の印字の下に、昴が当時書いた小さな文字が残っていた。
〈一本だけ実施〉
ほのかは券を財布から抜き、設計図を入れたファイルの表紙に挟んだ。古い校舎を取り戻すためではない。そこにいた時間を、新しい場所の土台にするために。
翌朝、雨はまだ降っていた。ほのかは傘を開き、説明会場へ向かった。見えなかった花火の続きではなく、まだ誰も見たことのない灯りをつくるために。