雨粒のバーコード
史佳が店に入ったとき、傘袋はもう半分ほどなくなっていた。
午前二時。雨脚は強くも弱くもならず、ガラス一面へ同じ間隔で細い線を引いていた。街灯を通った雨粒が、白、黒、白、黒と並んで流れる。どこか巨大なバーコードのようだった。
史佳は濡れた傘を袋へ入れ、口を結ばずに持った。歩くたび、袋の底に水がたまり、冷たい重みが増した。
今夜、誰かに連絡するつもりはなかった。
友人たちのグループチャットには、夕方から楽しそうな写真が続いていた。欠席したのは自分なのに、画面を閉じたあと、置いていかれたような気持ちだけが残った。その矛盾を説明できる相手を探すほど、余計に寂しくなりそうだった。
飲料棚の前で、史佳は温かいミルクティーを取った。冷蔵ケースのモーターが低く回り、天井の空調が濡れたコートの背中を均等に冷やす。
レジでは、商品のバーコードが短く鳴った。
ピッ。
雨がガラスを打つ。
ピッ。
店員が値引きされたパンを通す。
ピッ。
史佳の傘袋から、床へ一滴落ちる。
会計の途中、自動ドアが開いた。入ってきた人は顔を伏せたまま、史佳の横を通り過ぎた。黒いスニーカーから水が落ち、床に不揃いな点線を作る。
その人は傘袋を取らなかった。代わりに、入口近くのマットで傘を三度、軽く振った。
ぱっ、ぱっ、ぱっ。
史佳はなぜか、その音を覚えておこうと思った。
会計を終え、店の隅でミルクティーの蓋を開ける。湯気はほとんど見えない。それでも指先へ伝わる温度は確かだった。
黒いスニーカーの人は、雑誌棚の前に立っていた。ページをめくるでもなく、外の雨を見ている。互いの顔も、事情も知らない。ただ同じ明るい場所で、雨が少し弱くなるのを待っている。
史佳は先に店を出た。
傘袋を外すと、たまった水が細い流れになって排水溝へ消えた。ガラス越しに見る店内で、雑誌棚の前の人はまだ動かなかった。
グループチャットは開かなかった。代わりに、ミルクティーを一口飲んだ。
雨は依然として夜を細かく区切っていたが、その一つ一つを全部、自分だけで数えなくてもいい気がした。
史佳は傘を差し、家までの七分を歩き始めた。