雪崩のあと
白い腕が雪の裂け目から伸びてきたとき、私は神を見たと思った。
腰のロープをつかまれ、暗い穴から引きずり出される。赤い防寒服の救助員は私の名を確認し、酸素マスクを当てた。
「山小屋まで運びます。眠らないで」
担架が激しく揺れた。救助用そりにしては、下から一定の継ぎ目を踏む音がした。車輪が鉄板の上を走るような音だった。目を開けるたび、救助員のゴーグルに細長い白い光が映っていた。吹雪の中なら空が映るはずなのに、それは等間隔で流れていった。
もう一つ妙だったのは、彼の靴についた雪が一滴も溶けなかったことだ。暖房の効いた小屋へ入って十分経っても、白い粒は形を保っている。
「人工雪ですか」
冗談のつもりで言うと、救助員は私の点滴を見ただけだった。
小屋には窓がなく、壁が低く唸っていた。無線は受信だけで、こちらの声は送れない。扉の上には緑の非常灯があるが、押し棒は外側にしか付いていない。
ベッド脇には登山者名簿が置かれていたが、私の頁だけ切り取られていた。壁の救急箱には包帯より結束帯が多く、すべて工場の備品番号付きだった。
私は地質調査員だった。雪崩の直前、尾根の下で会社が隠していた廃液槽を見つけ、写真を本部へ送ろうとしていた。
「カメラは?」
「回収した。濡れて壊れている」
救助員はそう言って、私の胸ポケットから抜いたメモリーカードを自分の財布へ入れた。
「本部に連絡を」
「山を下りてから」
やがて壁の揺れが止まった。吹雪の音も同時に消える。外で金属を叩く音がし、扉が横へ滑った。
雪山ではなかった。
黄色いフォークリフト、積み上がった木箱、海鳥の声。扉の外側には大きく冷凍コンテナの番号が書かれていた。救助員はゴーグルを外し、会社の安全管理部の顔を見せた。
「港に着きました。事故の生存者は、まだ見つかっていないことになっています」
彼の靴から落ちたのは雪ではなく、梱包用の白い発泡粒だった。
私は雪崩から救い出され、証言から閉じ込められた。