雲田の雨は週払い
鳴海オルカの領地は、地図では空白になっている。
山頂より高いところに浮かぶ、三枚の雲田だからだ。
空船工廠で整備士をしていた頃、オルカは雲など見なかった。煤けた青い制服で機関室に潜り、破れた膝を針金で留め、呼出灯が点くたび別の船へ走った。辞めて二週間になるのに、工具袋の通信石には未読の緊急整備が四十七件残っている。
雲田は毎週、月曜の正午に魔力雨を降らせる。
雨粒は地面へ落ちず、空中の水瓶へ吸い込まれ、虹色の管を通って港の貯蔵塔へ送られる。計量、品質検査、魔術師組合への販売まで古い領地術式が済ませる。所有者に必要なのは、雲田が逃げないよう境界杭を年に一度磨くことだけだった。
初めての月曜、空に文字が浮かんだ。
〈魔力水百二十瓶、週次出荷完了。今週分の地代収益を入金しました〉
その額は、工廠の残業代込みの給金より少し少ない。それでも食費と雲小屋の維持費には十分で、夜を売らなくてよかった。
オルカは念のため水瓶の弁を開き、管の継ぎ目まで調べた。どこにも漏れはない。古い管理精霊は「毎週の雨に整備士はいりません」と木札へ書き、彼女の工具を小屋へ押し戻した。故障を待つ癖だけが体に残っていたが、雲田は壊れないことでなく、壊れても自分で塞がることで長く続いていた。見張らなくてよい仕組みは、信じるまでが一番難しかった。
続けて別の赤文字が割り込む。
〈工廠長より最優先通話〉
『東航路船の炉心が止まった。お前の癖のある配線で、誰も触れない。戻って直せ』
「癖ではなく、工廠長が交換部品を買わなかった応急処置です」
『今は責任論をしている場合か。船が遅れれば損害だぞ』
オルカは雲田の縁から足を垂らした。下界の街は豆粒で、損害を怒鳴る声もここまでは届かない。
「私の今週の責任は、ありません。退職済みです」
『臨時手当を出す』
「臨時の金より、毎週きちんと休めるほうを選びます」
通話を拒否すると、雲田は仕事を終え、柔らかな白へ戻った。
オルカは通知表示を消し、物置から紙の凧を出す。空船を直すためではなく、自分が眺めるためだけに糸を伸ばした。
午後の風は、納期も到着時刻も持っていなかった。