電灯が帰る日

 町に発電機が届いた朝、新聞社は号外の準備に追われた。

 鉄の塊は牛二頭に引かれ、ぬかるんだ大通りをゆっくり進んだ。見物人は馬車の轍を避けながら、珍しい機械へ手を振った。広場では職人が木柱へ銅線を張り、役場の軒先に丸い硝子球を取り付けている。

 私は活版へ鉛の文字を拾い、見出しを組んだ。

〈文明開化――電灯、ついに我が町へ来る〉

「大げさだな」

 編集長は笑ったが、誰も電灯を見たことがないのだから、大げさではない。夜を照らすものといえば油皿か蝋燭だけだ。学校では、昔の人間は掌ほどの板で遠い相手の顔を見た、空を飛ぶ鉄の車に何百人も乗った、と教わる。子どもたちはお伽話だと思っている。

 柱の穴を掘っていた少年が、黒い板を見つけた。片面は割れた硝子、裏には齧られた果実の印がある。

「昔の鏡かな」

 私が言うと、編集長は土を払い、黙って机の引き出しへしまった。

 夕刻、町中の人間が広場へ集まった。町長が手回し式の起動輪を回し、水車につながる発電機が低く唸った。

 一瞬、硝子球の中が赤くなった。

 次いで、白い光が広場を満たした。

 老人たちは手を合わせ、子どもたちは自分の影を追って走った。私は号外の第一号を刷ろうとしたが、編集長が見出しの一文字を抜いた。

〈来る〉ではない」

 代わりに〈帰る〉の活字を差し込む。

 そして、金庫から一枚の金属板を出した。錆びた表面に、かろうじて文字が読めた。

〈東日本電力 変電施設 西暦二〇四一年完成〉

 その下には、現在の年を記した新聞の日付がある。

〈再生暦八十九年――西暦二二三七年〉

 二世紀前、太陽嵐と戦争で送電網は焼け、都市は飢えと疫病で崩壊した。生き残った人々は馬と水車と活版印刷から、文明を作り直した。私たちは近代の入口に立っていたのではない。いちど失った未来へ、ようやく戻ってきたのだ。

 夜空には、朽ちた鉄塔が黒い骨のように並んでいた。

 その足元で、一個の電球が明るく灯る。

 翌朝の号外は、こう始まった。

〈昨夜、電灯が帰った。町は百九十六年ぶりに、夜の顔を見た〉