青い袋を持たない日

芹奈が資源ごみを出すのは、午前一時と決めていた。三か月前に会社を辞めてから、昼の廊下で誰かに会うのが苦手になった。段ボールには転職本の題名が並び、空き缶の数は、家にいる時間を告白しているように見える。

昼間にチャイムが鳴っても息を潜めた。前の職場の同期は、今も昼休みに楽しそうな写真を送ってくる。返事を考えるうちに夕方になり、自分だけ曜日から外れたようだった。

だから透明袋を青い買い物袋で包み、足音が消えてから部屋を出る。

その夜、ごみ置き場には先客がいた。隣室のアマラが、紙箱を素材別に分けている。ケニアから都市計画を学びに来た彼女は、マンションの掲示板の日本語を毎回写真に撮り、分からない部分だけ芹奈に尋ねた。

「これは、青い袋も捨てますか?」

「いえ、中が見えないようにしてるだけです」

「誰に?」

芹奈は答えられなかった。アマラは空になったシリアル箱を平らにし、鮮やかな鳥の絵を撫でた。

「明日、太陽があるうちに、これを出してみませんか。袋なしで」

「それだけ?」

「それだけ。私は午後、大学です」

励ましも理由もなく、彼女は箱を芹奈へ預けた。

翌日の十一時、芹奈は玄関で二十分立っていた。鏡を見ると、眉は描いていない。廊下から掃除機の音がする。エレベーターで誰かと会えば、平日の昼に家にいる理由を考えなければならない気がした。

手の中の鳥は、箱の折り目で少し曲がっている。履歴書のようにきれいでなくても、箱は箱として回収される。そんな当たり前が、今日は少しだけ羨ましかった。

芹奈は青い袋を棚へ戻した。透明の資源袋に、鳥の箱と転職本の段ボールをそのまま入れる。エレベーターの鏡には、隠すものを両手で抱えた自分が映った。

一階で、宅配便の女性が乗り込んできた。芹奈は咄嗟に袋を背中へ回しかけ、やめた。女性は箱を避けて「開く」ボタンを押してくれた。

「ありがとうございます」

外は思ったより明るかった。ごみ置き場の扉を開ける前に、芹奈は一度だけ空を見た。それから、青い袋のない荷物を昼の光へ置いた。