青を食う火

ハキーム・ラズワンは、井戸の底より空の水甕を見ていた。

頭上では青い軍旗が夜風に鳴る。砂漠の軍で青は水を示す。敵の騎兵は三日も水を飲んでいない。夜明けにあの旗へ殺到する、と斥候は言った。

井戸は昨日、涸れた。

百人隊長は旗を見上げた。

「青布を残せ。水甕も並べろ。奪わせてから囲む」

「空だと知れば、敵はすぐ退きます」

「退く前に射ればいい」

ハキームは旗の裾をめくった。藍の下に、茜色の薄布が縫い込まれている。青布には油と硝石が擦り込まれ、火をつければ外側だけが走るように燃える。

「赤が出れば王弟旗に見えます。水目当ての一隊ではなく、全騎が来る」

隊長は彼の顔を見た。

「王弟は西にいる」

「敵は知りません。青の下へ赤を隠す王族など、普通はいない」

「旗まで焼けば、こちらの弓兵も合図を失う」

「青だけを食わせます」

ハキームはそう言ったが、風向きが変われば赤まで灰になる。旗を失えば、敵より先に味方が彼を斬る。足軽の首は、軍旗の値段を埋めるためについている。

ハキームの舌も乾いていた。最後の一口は、旗を濡らすために使った。飲めば一刻楽になる水が、布に吸われて色を濃くする。青旗を本物の水場らしく見せるには、人間より旗が先に飲まねばならなかった。

彼は涸れ井戸の縁へ旗を立て、空甕を半円に並べた。月が沈むころ、東の砂丘に影が現れた。十騎、百騎、やがて砂そのものが動くほどの騎馬が青旗へ流れ込む。

隊長が火打石を渡した。

「まだだ。先頭だけでは足りん」

敵の矢が甕を割った。水の代わりに乾いた音が飛び散る。先頭の騎兵は罠に気づき、馬首を返そうとした。だが後続が押し、井戸の周囲で馬体が絡む。

ハキームの左腕を矢が貫いた。旗竿が傾く。青が倒れれば、水の旗ではなく罠だと全軍に知れる。彼は竿尻を足の甲へ突き立て、片腕で支えた。

最後尾の黒い兜が砂丘を越えた。敵将の旗だ。

「今だ」と隊長が言った。

ハキームは火花を青布の裾へ移した。火は音もなく藍を走り、夜明け前の闇で青だけを食った。焼け落ちた外布の内側から、傷一つない赤が現れる。

周囲の岩陰で弓弦が引かれた。

隊長が短く命じた。

「赤旗を上げろ」