靴箱の銀色の鍵
校舎で開かれた同窓会の途中、灯里は昇降口の隅に銀色の鍵を見つけた。
「旧校舎・予備」と刻まれた小さな鍵。錆びた輪に、青いビニール紐がついている。十年前も同じ紐だった。
二年生の冬、真白の上履きが毎週のようになくなった。教室では誰も犯人を知らないふりをし、真白は靴下のまま保健室へ行った。灯里はある日、掃除用具入れの鍵が開いていることに気づき、奥から上履きを見つけた。
返してあげた、とは今も言えない。放課後、誰もいない靴箱へ黙って戻しただけだ。翌朝、真白が上履きを抱えて笑ったときも、灯里は友人たちに合わせて「よかったね」と言った。
助けたつもりで、自分だけ安全な場所にいた。
現在の灯里は、広告会社で後輩の相談窓口を任されている。上司の発言に傷ついたという訴えを、証拠が弱いからと保留にしたばかりだった。波風を立てずに守る方法を探しているうち、相談した後輩の席は空いた。
「その鍵、懐かしいね」
声をかけたのは真白だった。彼女は靴箱に手を置き、青い紐を見つめた。
「上履きが戻った日、鍵の音がしたの。誰かいた気がした」
灯里の喉に、十年分の言い訳が並んだ。怖かった。確信がなかった。自分まで標的になると思った。どれも本当で、どれも今さらだった。
「私だった。見つけたのも、黙ってたのも」
真白はすぐに許さなかった。ただ鍵を灯里の掌へ戻し、「言ってくれてよかった」と言った。その距離が、むしろありがたかった。
同窓会が終わるころ、灯里は鍵を職員室へ届けた。落とし物帳の「発見場所」欄へ、昇降口と書く。続けてスマートフォンを開き、保留にしていた社内報告書を呼び出した。
事実だけを記し、自分の判断が遅れたことも消さなかった。送信ボタンの上で、銀色の鍵を握った指が震える。
報告書の宛先には、相談した後輩の名だけでなく、灯里自身の部署名も入れた。誰か一人の問題にして逃げないためだった。
昔の靴箱はもう開かない。それでも今、開けなければならない扉は分かっていた。