額縁箱は六十八キロ

国府田篤生は、美術館の修復室から姿を消した。

国府田は小型宗教画の鑑定人だった。午前十時、学芸員の弓削史香と修復室へ入り、保険会社の砥上瑛太と運送員の樫尾主税を廊下に待たせた。五分後、弓削だけが出てきて、「鑑定には一人で集中したいそうです」と扉を閉めた。

その直後、樫尾は前日搬入した大型額縁の空箱を台車で運び出した。箱は高さ一八〇センチ、厚さ四十五センチ。封は開いていたが、「中は緩衝材だけだ」と誰も止めなかった。以後、砥上が扉前を離れずにいた。

十一時、返事がないため開錠すると、修復室は空だった。窓は嵌め殺しで、換気口は人の腕も通らない。宗教画は机に残り、国府田の携帯電話もあった。

容疑者は弓削、樫尾、砥上の三人。私は室内より先に、搬出記録を読んだ。必要な手掛かりは三つだけだった。

三人には、国府田を消したい事情があった。弓削は鑑定結果で職を失いかねず、砥上は保険金額を巡って対立し、樫尾は前夜に国府田から荷扱いを叱責されていた。しかし修復室に魔法がない以上、誰かの恨みより、何が正面扉を通過したかを数えるほうが早い。

第一に、空箱の規定重量は十八キロなのに、搬出口の床秤は六十八キロを記録していた。

第二に、箱の内部で額縁を固定する木製の横桟が、なぜか修復室の壁に立てかけられていた。横桟を外せば、箱の背面には人一人が膝を抱えられる空間ができる。

第三に、箱の内側の掛け金から、国府田が鑑定時に使う白い綿手袋の糸が一本見つかった。

砥上は「だが、箱が出たあとも国府田は部屋にいたはずだ」と言った。

「そう証言したのは弓削さんだけです」

弓削が目を伏せた。

国府田は宗教画を見るふりをして箱の横桟を外し、背面へ潜った。弓削が一人で残っていると偽り、樫尾が六十八キロの箱をそのまま搬出した。扉を見張り始めた時には、修復室に誰もいなかったのである。仕掛けは箱の空洞、それだけだ。

私は搬入口へ無線を入れた。トラックはまだ地下ゲートにいる。

「人が部屋から出たのではありません。部屋の中にあった荷物として、正面の扉を通ったんです」