風に負けたプリント
通学路の土手で、榛名志都の進路希望調査票が空を飛んだ。
一枚ではない。鞄のファスナーが全開になっていて、数学の小テスト、保健だより、購買のパンの袋まで、盛大に春風へ放たれた。
「待って、私の人生!」
志都が叫ぶと、坂の下から自転車で来た御影貫太が急ブレーキをかけた。
「人生、多すぎない?」
「しゃべってないで拾って!」
二人は土手を走った。小テストは菜の花に刺さり、保健だよりは犬の散歩中の老人に踏まれそうになり、進路希望調査票だけが妙に高く舞い上がった。
貫太は自転車を放り出して追いかけた。フェンス際で跳び、紙の端をつかむ。そのまま勢い余って草むらへ転がった。
「取った!」
仰向けのまま掲げられた紙を、志都は奪うように受け取った。
第一希望の欄には何も書いていない。その下の余白に、授業中の落書きがあった。電車の窓から顔を出す猫と、なぜか隣にいる貫太の似顔絵。
「見た?」
「何を」
「ここ」
「猫なら見た」
「隣は?」
「駅長」
明らかな嘘だった。似顔絵の胸には、彼がいつもつけている部活のバッジまで描いてある。
犬を連れた老人が、拾った保健だよりを渡してくれた。『若いうちは風に任せるのもいい』と笑われ、志都は礼を言いながらますます恥ずかしくなった。貫太は草むらから購買の袋まで回収し、『第二希望、焼きそばパンでいい?』と真顔で聞く。志都が蹴るふりをすると、彼は紙束を盾にした。
志都は紙を二つ折りにした。
「第一希望、まだ決めてないんだ」
「知ってる」
「どうして」
「毎朝、駅で上りと下りの時刻表を両方見てるから」
貫太は草を制服から払い、自転車を起こした。志都が遠くの町へ進むか、地元に残るか迷っていることを、誰にも話していないのに知っていた。
「どっちでもいいと思う」
彼は前かごに拾った紙束を入れた。
「どっちに行っても、朝の電車くらい見送りに来るし」
風がまた吹いた。志都は慌てて調査票を胸に抱えた。
今度は何も飛ばなかった。ただ、第一希望の空欄だけが、さっきより少し狭く見えた。