首吊り縄が空へ落ちた日

「能力なしなら、せめて見世物として役に立て」

看守に背を蹴られ、久世航平は絞首台の踏み板へ上がった。

空中都市ラグネアでは、地上人は人と数えられない。転移門から現れた航平は、その日のうちに無許可侵入の罪で死刑になった。足元には雲海。首には太い縄。広場には翼を持つ貴族たちが、珍しい獣を見る顔で集まっている。

空中都市の縁では、地上の村から吸い上げた青い光が配管を流れていた。貴族はそれを「雲の恵み」と呼ぶ。けれど航平は連行中、下にある畑が灰色に枯れているのを見た。ここで自分が死ねば、その仕組みを疑う者も消えるのだろう。

執行官がレバーへ手をかけたとき、航平の脳裏に説明が響いた。

《重力指名》

一つの物体について、「下」を一度だけ指定できる。

航平は首の縄を見上げた。

自分を落とすための道具なら、落ちる先を選ばせてもらおう。

「お前の下は、空だ」

能力を使った。

踏み板が開く。

だが落ちたのは航平ではなかった。縄が真上へ弾け、絞首台の梁を引きちぎって青空へ沈んでいく。縄につながった巨大な処刑塔まで石畳から浮き、逆さまの滝のように上昇した。

塔の基礎に連結されていた都市の重力錨が露出する。

その錨には、地上から吸い上げた魔力を示す無数の鎖が絡みついていた。空中都市が優雅に浮いていたのは、地上の村々から生命力を盗んでいたからだ。

最高法院長が叫ぶ。

「錨を隠せ! あれを見せるな!」

遅かった。

処刑塔は遥か上空で停止し、縄だけがさらに天へ向かって張り詰める。都市全体が一度、大きく傾いた。翼ある貴族たちは悲鳴を上げて地面へ伏せたが、航平だけは開いた踏み板の上に立っていた。

首にあった輪は、重力に引かれて上へ抜けている。

都市守護を担う天空騎士団長が飛来し、露出した錨を見て剣を取り落とした。彼は航平の前へ着地すると、群衆に聞こえる声で告げた。

「地上人ではない。この方は、都市そのものを墜とせる者だ」

さっきまで見下ろしていた翼持ちたちが、一斉に空を仰いだ。

そこには処刑縄が一本、王旗より高い場所で、航平へ向かって垂直に敬礼していた。