駅務日誌_十一秒の停止
駅務日誌――十一秒の停止
【十月十四日 午前八時七分】
南口自動改札にて、ベビーカー利用者が通過中、前輪を床の仮設ケーブルカバーへ取られる。
母親は左手に通勤鞄、右手でベビーカーを操作。幼児一名乗車。
後方に利用者多数。
改札扉が閉まりかける。
【午前八時七分十一秒】
後続の学生が開扉部へ手を添え、閉鎖を防止。
別の会社員が通勤鞄を受け取る。
前方にいた高齢男性が、ベビーカーの前輪を軽く持ち上げる。
三名とも互いに面識なし。
通過完了まで十一秒。
【利用者間の会話】
母親「すみません。電車、急いでいますよね」
学生「一本逃しても遅刻しません」
会社員「私は一本逃すと遅刻します」
母親、青ざめる。
会社員「でも、上司には改札で渋滞したと言います。本当ですから」
高齢男性「私には予定がないので、皆さんの分までゆっくりします」
笑い発生。
母親の緊張、やや解消。
【午前八時九分】
学生と会社員、同じ列車へ乗車。
高齢男性は反対方向のホームへ移動。
母親、発車直前に乗車。
幼児が窓越しに三名へ手を振る。
【十月二十一日】
ケーブルカバーを薄型へ交換。
幅広改札前へ注意表示を追加。
〈前輪が引っかかる場合があります。無理に押さず、係員をお呼びください〉
【十一月二日】
同じ母親と思われる利用者、南口通過後、杖の女性のために改札扉を押さえる。
幼児はベビーカーから「どうぞ」と発言。
【十二月七日】
例の会社員から遅延証明について問い合わせ。
本人によれば、あの日の上司は遅刻理由を聞き、
「十一秒で済んだなら、三人の連携がよかった」
と評価したとのこと。
【所見】
本駅では、一日平均十万人が改札を通過する。
十一秒の停止は、運行記録上、遅延とは扱わない。
その間に通過したのは、ベビーカー一台だけではない。
次に困る人を待てるという考えが、三人から一人の親子へ、さらに別の利用者へ移動したものと判断する。
【追記】
十一秒のあいだ、後続の利用者は十二名。
苦情、零件。
うち二名は、翌週、別の改札で扉を押さえる行動を確認。
設備の段差は交換できる。
人の遠慮は表示だけでは取り除けない。
「手伝いましょうか」と「どこを持ちましょうか」の二つを、係員の案内文にも追加する。