騒音被害者友の会
二〇四号室の男は、町でいちばん有名な被害者だった。
真上の三〇四号室から、毎晩二時十七分になると、鉄球を転がす音、子どもが走る音、壁を叩く音がするという。
男は録音を公開した。確かに、ゴロゴロ、ドンドン、と凄まじい。眠れずに痩せた顔で訴える動画は拡散され、〈騒音被害者友の会〉まで結成された。
三〇四号室の母親は泣いて否定した。
「その時間、娘は寝ています。先週は実家に泊まって、部屋は無人でした」
「加害者は、みんなそう言うんです」
男の一言で、見物人たちは頷いた。管理会社には抗議が殺到し、母子は半年で退去した。
男は拍手で見送られた。その後、講演会を開き、騒音対策の相談料まで取るようになった。
ところが、新しく三〇四号室へ入ったのは、引退した音響技師だった。
入居三日目、やはり男は「鉄球が始まった」と訴えた。技師は謝らず、床と天井に振動計を設置した。
二時十七分。
ゴロゴロ、ドンドン。
管理人の私も二〇四号室で聞いた。男は頭を抱え、震えてみせた。
技師は計器を見て首を傾げた。
「振動が、下から上へ伝わっていますね」
天井板を外すと、小型の加振器が六台現れた。遠隔操作で梁を震わせ、足音や鉄球の音を作る装置だった。男の机からは、子どもの声を混ぜた音源と、友の会を名乗る二百件の偽アカウントも見つかった。
さらに調べると、退去した部屋はすべて事故物件同然に値下がりし、男の会社が買い取っていた。三〇四号室の母子で、七組目だった。
「私は静かに暮らしたかっただけです」
警察に囲まれても、男は被害者の顔を崩さなかった。
「上の連中が素直に出ていけば、誰も傷つかなかった」
元音響技師が、録音機を止めた。
「それ、前の住人全員に聞かせますね」
男は初めて大声を出した。
逮捕後、〈騒音被害者友の会〉の会員数は二百一人から一人になった。残った一人も男自身だった。
連行される廊下で、手錠がかちゃりと鳴った。
「うるさい!」
男が叫ぶと、三〇四号室の扉が開いた。
「今度は本当の騒音ですね」
管理人の私は、人生で初めて、苦情に心から同意した。